「東京」と私と誰か-悪友Vol.3「東京」感想-

Amazon戦争に負けたので当日並んで買おうと思っていたLIP38℃元旦限定色が東京でしか売らないことを知って発狂しかける年の瀬の実家なう。

電車のドアは押しボタン式。3ヶ月に一度帰りのホームルームで「イノシシが山から降りてきたので注意して帰るように」と担任が無機質な声で読み上げるのを膝を叩いてゲラゲラ笑う。山の中の中学に片道6キロ、始業2時間前に家を出て台風の日も雪の日も(皆、遠方から来るために朝の連絡網ではとても休校連絡が間に合わず、他の中学は全部休みなのにうちの学校だけやっている、ということが度々ありうちの制服の生徒が各所で自転車ですっ転ぶ姿を他校の生徒にバカにされたものである)坂道山道を乗り越え自転車で通い(お陰で脚力がついた)、スカートは勿論膝下、真っ赤なジャージでショッピングモールに行く、そんな地方都市で生まれ育った。
一応、関東である。だからテレビのチャンネル格差は体験したことはないし、喋り方も標準語(だと思っていた時期が私にもありました)。
ただ、他の地方は知らないが関東の中のカーストというのはとてつもなく顕著である。

神奈川、千葉。
東京に隣接している。つまり都会だ。ヨコハマもあるし、ディズニーランドもある。私たちは神奈川とディズニーランドに行くときは「東京に行く」と言ったし東京土産としてたびたびミッキーのストラップや赤れんがクッキーをもらった。
千葉は案外田舎である、ということは成人してから知った。木更津キャッツアイって正直茨城とかの話かと思ってた。

埼玉。
何があるかぶっちゃけよくわからないが東京に隣接しているので我々よりはカースト上位。
初めて大宮に行った時、ディズニーストアもあるしアルシェは大きいしで「東京だ!」と感動したが、都民から言わせてみると「大宮は遠い」「大宮ってどこ?何県?テレビ映る?」という感じらしい。
チクショー!池袋赤羽浦和大宮じゃい!

東京、それはもう神の街。
私にとっての東京は東京駅であり、お台場であり、上野動物園であり、東京ドーム。
特別なことがないと行けない場所だった。
高校生の時、Twitterで知り合った同県の女子中高生8人で鈍行で3時間かけて何のコンサートもイベントもないのに「原宿に行く」という目的で原宿に行った。各々イオンモールで買った一張羅を着て。
原宿は何もかもが輝いて見えた。クレープだってロッテリアだってイオンで食べるのと同じものの筈なのに、何十倍も美味しく感じた。大野智が女装して撮ったプリクラはもちろんイオンであるのと同じ機種だが私達は我先にと興奮して機械に入った。
原宿を当たり前のように歩く人々と見比べてイオン8人衆はとてつもなくダサくひとりギュッと胸が締め付けられた記憶は今も原宿に行くと思い出す。
大学の入学式の帰りも同じアパートに住む男女総勢15人で原宿に行った。
「原宿でご飯を食べよう!」
勿論、土曜の夜に予約もせずに15人で入れる店は無かったし、帰りのバス(駅と大学をつなぐスクールバス。わたしたちは全員駅から徒歩20分くらいかかる大学の近くに住んでいた)が無くなるのでスーツで原宿を練り歩いた後帰ってみんなで鍋をした。鍋だって言ってんのにキャベツと白菜しか野菜がなかった。
海を渡った県から来た男の子は、気分がハイになったといい、帰りのバスを蹴って翌日の夕方帰って来た。初めてのアキハバラは楽しかったと目を輝かせて言った。
母や妹は未だに東京に行くたびに私に大量の写真を送ってくる。


東京という絶対神を頂点に神奈川千葉、その下に埼玉、そしてそのもっともっとずーーーっと下の方、同じ地方とはいえ東京に行くのは新幹線を使う北関東三県で私は暮らしてきた。

変に近い分、絶対神東京への憧れは強かった。強すぎた。
大学受験では東京神奈川千葉以外の北関東からその先の国立ならどこでもA判定、という成績だったが東京の大学しか受けなかった。結果は散々だったが、地元の大学の後期試験を受けるという選択肢は無かった。
地方の大学を出てそのまま教師になった担任は激昂したし、これまた私の生まれ育った地の大学を出て私の地元で就職した父親からは勘当を言い渡されかけたがどうしても東京に行きたかった。結果、東京ではないけど東京に行きやすいところの大学に進学した。
行き先なんてどこでも良かったのかもしれない。
とにかく薄暗く寒く噂話は30分で町内中に広まり、彼氏の存在は幼馴染全員から品定めされるような、日本地図では隣の隣なのに実際は東京からとてつもなく遠く感じる地元から離れたかった。

だからこそ、悪友Vol.3「東京」は「浪費」「美意識」「恋愛」よりも最も身近に感じるテーマだった。
今でこそ、化粧に目覚めたり、自分好みの顔になってみたり、働いて稼いだお金で好きなだけ好きなものを買ったり、恋人と特別な日でもなんでもないのに上野動物園に行ったり(年に一度家族で見に行く生き物の象徴であったパンダを何でもない日に見られるという衝撃!外国からきたハイソでシティな動物パンダやコアラは拍子抜けするくらい普通に存在する)東京でご飯を食べたりするけれど、「浪費」も「美意識」も「恋愛」も私にとっての「東京」である今の暮らしを始めるまでの人生でわたしには存在しないものだった。

まず寄稿者の多くが開口一番に書く「車がないとどこにも行けない」

わ、わ 、わかるーーー!
県のほぼ半分が山、と言っても過言じゃない我が県では自動車免許取得率全国1、2を争う。故に私も車に乗るつもりなど到底無いけど免許は持っている。万が一地元に就職した場合、免許がないとどこも雇ってくれないから。
新幹線駅と県庁所在地を結ぶ電車は1時間に2本来る。
そのほかは2時間に一本くらいくる。終電はイオンが閉まる時間くらいに来る。

「これ以上青森では小説を書けなかった女」「高知に戻って7年目の女」
「佐賀の星空を忘れた女」、皆地方に生まれ東京を渇望し、東京を求め大学進学を機に上京している。
上京後進む道は東京を経て地元の良さを知る者、改めて「やっぱり東京に出て来てよかった!」と東京暮らしを謳歌する者など三者三様ではあるが、3人が東京を通じて紡いだ物語は美しい。

「佐賀の星空を忘れた女」の「実家は好きだし、帰ると落ち着く。だけど、もう二度と私が佐賀に住むことはないと思う。19年間生きてきた佐賀の人たちから、後ろ指さされても、私は幼いころ夢見たあこがれの街で、テレビの中のような暮らしをするのだ。死ぬまで。」

カーーーーーッ!最高!痛快!!年末にイイもん読んだ。映画のヒロインのシメのセリフみたいでチョーーーかっこいい!!菜々緒に演じて欲しい!!!

対極的に「目下の人生の目標は、県外へ転勤しない結婚相手を見つけて東京旅行をすることである。東京はいつも人生の目標を果たすステージとして位置付けておきたい。そのためにこれから高知でコツコツ生きていく」と話す「高知に戻って七年目の女」。
これもまたひとつの生き方であり、そこまで至るまでの意志の強さや達観が眩しい。論理的に理詰めするように見えて(彼女の行動理由1つ1つの「なぜこうしたいのか」が明確でわかりやすい)、きらきらと煌めいた文章だ。

「これ以上青森では小説を書けなかった女」。なるほど太宰治の生まれ変わりか。同郷の太宰が乗り移ってると言われても信じてしまいそうな、情緒的でほろ苦く切ない文章。
なるほど、この文だからこのページだけフォントが違うのか、と思いきや全ページ同じフォントでした本当にすいません。
それくらい文にあってる、まさにハクチョウフォント。
書き出しの手法から小説だもんな。
この2ページはエッセイではなく、私小説です。
「東京はけして」から始まる段落、必読。

「在宅地方民に怒れる女」。
愚痴垢か!?増田に書いたら300ブクマつくやつ。
でも、愚痴垢より威勢がいい。正面切ってケンカ売る感じ最高!達磨通してる!
こうやってちゃんと動いてるからこそ他人に喧嘩売れる人大好き!痛快!!

「大阪帝国で不自由なく育った女」はまるで短編アニメーションみたいだ。カラフルでポップでハッピーおんなのこが何らかの理由で一時は落ち込むものの、不思議な魔法でもっとハッピーになりましたとさ!みたいな。
毒リンゴだと思ってかじったリンゴは彼女をプリンセスに変身させてくれました、みたいな?
なお上記は本編とは関係ない抽象的感想なのだが、このページだけ蛍光ピンクだの蛍光ミントグリーンなどで(勿論他ページと変わらず白黒なのだが)ぺかぺかして愛おしく感じた。
もっと広い世界に移住した時、そこでの暮らしはどうだったのかという続編が読みたい。

「隅田川から逃げたかった女」「CLAMPで東京タワーに夢見た女」はこれまで挙げた女達と対照的に「東京」で生まれ育ち、「東京民」ならではのコンプレックスや葛藤を語っている。

東京に生まれたからこそのコンプレックスを語る「CLAMPで東京タワーに夢見た女」。東京は決して異世界でない、と教えてくれる。それでも、渋谷のど真ん中の某中高に通う生徒や山手線にいる制服姿の学生にはいまだにコンプレックスがあるんだけど、そういう学校もハイソに見えて実は本質は一緒なのかもなあ、現実逃避先としての遥か上位互換「東京」が存在する田舎の子供達はそれはそれで幸せなのかもしれない。

「隅田川から逃げたかった女」は地方の女子高生がここではないどこかを目指して「東京」をひとまず目指すのと同様に東京ではないどこかを目指して海外へいった。なあんだ、一緒じゃんって東京の人に初めて親近感が湧いた。
海外から帰って再び東京に住むことを決めた彼女の結びの文がとても格好いい。コミケに来れない、実家暮らしで通販もできないような地方女子高生にどうにかして読んでもらえないだろうか。

「若手俳優の街を捨て埼玉と和解した女」
埼玉と東京、遠かった。
北関東片田舎から東京にひとっ飛びは出来ず、ひとまず埼玉に住んでいるが、やはりどんなに栄えていても大宮は東京にはなれないし、浦和は良くも悪くも平凡だ。私の住んでいる街は新宿を23:30に出ないと終電を逃し、都内のファミレスで夜を明かすことになる。
埼玉も埼玉より先の北関東も東京に中途半端に近いからこそのコンプレックス、みたいな親近感。前半部分は、「これは私の話か??」というくらい共感しかなかった。
その先。「若手俳優の街を捨て埼玉と和解した女」は埼玉と和解し埼玉ライフを満喫しているが、私は実家のある街と和解することができるのか、「絶対に帰らないぞ」の意思を貫通できるのか…先のことはわからないがひとまず東京に30分で行ける東京でも地元でもない今住む街を愛していよう、とこの同人誌を通じて感じた。

この他の感想も書きたいけれど、隣んちの爺さんの餅つきの手伝いに呼ばれたのでまた今度。はー師走師走。
あーーやっぱりLIP38℃ のシアーブラック欲しいなあ。

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