喧嘩する人間と人工知能2

AIを導入したい経営者 タッチパネルが使えない客

弊社では毎日ように、「AIを導入したい」と相談が来る。
世の中では「AI導入でコスト削減」「AIによる業務効率化」というニュースが流れており、乗り遅れまいとする会社が躍起になっているからだ。
会社で偉い人が部下にAI導入を命令するも、部下は部下で丸投げするため、弊社に連絡が来る構図なのだが。
そこまでやりたい「AI」で、本当にコスト削減や業務効率化は実現できるのだろうか?

こうした疑問を実情と照らし合わせてみたところ、世間の反応が大きかった。
今回はこの問題について、掘り下げてみたい。

AIを導入すれば成功するのか?

問い合わせがある会社は「AIを導入したい」という手段が先で、「AIで何をやるのか?」という目的が欠落している事例が多い。
さらにAIを含めたITに関するリテラシーも欠落しており、「AIはすごい」「AIで何でも出来る」という「現代の魔術師」的な誤解がある。
そもそも現代を含めて過去を遡っても魔法を使える人間は存在しない。
落合陽一先生がそう呼ばれるのは「魔術師みたいに凄い」という意味合いであって、ハリーポッターの登場人物ではない。

技術的な実現可否を検討すると、「AIで出来ること」がいかに限定されているかがわかる。
当然「何でも出来る」を期待していた顧客は落胆し、AIを導入しても「大したことない」で終わるので、「成功」とは呼べない。
「導入」はどの会社でも出来るが、「成功」するのはごく一部なのだ。

AIで無人化を実現できるのか?

「券売機や無人レジはAIではなくタッチパネルではないか」という、ド正論の指摘がある。
タッチパネルはAIとは全くの別物であり、高度なAIであれば無人化の実現できるのでは期待とする。
実際に銀行などではAIとしてIBMのWatson(ワトソン)が一時期導入されたが、有人窓口やコールセンターで働く人が一気に減ったわけでもない。
銀行の偉い人は「AIによる人員削減」と叫ぶものの、そこまでのITリテラシーがあれば青い銀行のサグラダ・ファミリア……ではなくシステム統合は順調に進んでいただろう。
この場面における「AI活用」は、問い合わせの回答支援など補助的な役割であり、受付業務を完全に代替えするには至らない。
では人間らしさとAIを兼ね備えたペッパー君ならどうだろう?
ペッパー君は店頭で客とコミュニケーションは取れるが、スマホの機種変更をするのは受付のお姉さんである。
将来、改良を重ねてパワーアップした「ペッパー・ザ・グレート」が開発されれば、可能かもしれないが。

誰がAIを開発できるのか?

現状では業務を劇的に改善したり、窓口を完全無人化するAIはまだ開発されていない。
ここで「無ければ作る」というDIY精神を発揮しても、ホームセンターにAIを開発できる道具は売ってないし、一般企業にAIを自前で開発する技術力は無い。
そこでDIYとは真逆の丸投げ精神を発揮して弊社に依頼が来るのだが、「金がかかる」「手間がかかる」という問題は避けて通れない。
クラウドで文字認識や画像認識などのサービスは提供されているが、まだ「業務改善」「窓口無人化」というレベルではない。
そもそも丸投げしかできない会社に「いくらでも予算をかける」「自分が動く手間を惜しまない」という発想はなく、中途半端な結果に終わるのが関の山だ。

この点については、新進気鋭のデータサイエンティストである松本健太郎氏の記事が詳しい。

また、無人化を進める「変なホテル」でも、完全無人化は実現できないという見解である。

無人化を"目指す"事例としては、膨大な研究開発費を誇るAmazonや、社長自身が試行錯誤しているクリーニングのエルアンドエーなどがある。
つまり「金か手間」を惜しんでは、AIを開発できないと理解してほしい。

AI以外の冴えたやり方

本来の目的はAIを導入することではなく、無人化によるコストや人員の削減であり、業務効率化である。
わざわざAIにこだわる必要もなく、最近ではRPAが注目されている。
もっともRPAでも外注に丸投げすれば費用はかかるので、削減した人件費より導入費用が上回っては意味がない。
そもそも手段をAIを含めたIT技術に限定せず、業務全体の見直しを行うのが先だ。
人件費を減らすなら業務のムダを見直せばいいし、逆にコスト削減ではなく売上を増やす方法もある。
売上を増やすなら有人窓口で手数料を取ったり、複雑な対応には高い料金を取ればいい。
いっそ窓口でコンシェルジュが付きっきりでお世話をして、ソファに座らせてドンペリとフルーツ盛り合わせで接待すればいい(世間では「キャバクラ」や「ホストクラブ」と呼ばれるが)。

「AIファースト」の実現

だが業務プロセスを見直にも限界があり、手数料で売上を増やすことができない場合もある。
それができないからAIを含めた代替え手段による、コスト削減が命題となる。
それ故に「人間が行う作業をAIで代替えする」を求められるが、「人間並に賢くて何でもできるAI」は将来の話だ。
前述の通りAIで代替えできる業務は一部にすぎない。
どうしても現在の業務をAIで代替えしたければ、AI側に合わせなければいけない。
つまり「AIファースト」の実現である。

AIのためにデータを用意するなら、人間社会に適合している現金、書類、手書き、Excel、ハンコ、FAX、電話などはAI導入の妨げなので排除する必要がある。
AI向けに最適化された仕組みで無人化を実現し、適応できない人間には有人窓口(有料)を利用させる
無論、社会全体として上記の仕組みを実現できるのか、最適な方法なのかは議論の余地があるだろう。
だが現在の社会は人間による運用を前提としており、AIは人間と同等以上の能力を持っていない(計算力などは除く)。
現在の"人間社会"でAIを活用したいなら、AIに合わせた環境を準備しなければならないのだ。

利用者に寄り添った形へ

AIに合わせた「AIファースト」をイメージするには、「ヤフオク」と「メルカリ」がわかりやすい。
インターネットにおける個人間売買は「ヤフオク」の一強だったが、スマホの普及により「メルカリ」が生まれた。
どちらも目的は同じで、「インターネットを通じた個人間による商品売買」である。
ヤフオクのリリース当時はパソコンによる利用を前提としており、一定の知識や操作が求められた。
つまりヤフオク側の仕組みを人間が理解しなければならず、利用できる人数は自ずと限られてしまう。

しかしスマホが普及すると、「メルカリ」が一気に利用者を伸ばしていく。
スマホによる利用を前提と、商品の写真を取るだけで簡単に利用できるメルカリは、PCとヤフオクを使えない人々を取り込んで急成長した。
「誰でも手軽にフリーマーケット感覚」という利便性を提供するには、スマホという新しい環境が必要だったのだ。
同じようにAIによる利便性を提供するには、現在の環境があまりにも「人間側」に寄りすぎている。
AIが社会に浸透するには、今の社会は古すぎるのだ。

「AIファースト」か「おもてなし」か

現代の日本社会は、誰でもわかりやすく丁寧であること、いわば「おもてなし」が求められる。
「今までと同じもの」「今までの利便性」「今まで使っていたもの」が、当たり前であるおもてなしの社会と言ってもいい。
現金とハンコと電話とFAXで物事を進めて、電子マネーやタッチパネルやAIや無人窓口は「難しいもの」「新しいもの」「クレームが来るもの」であり、一定数の反感と否定は避けられない。
だが、電話や書類は人間に最適化されたものであり、AIにとっては不都合でしか無い。
メルカリが躍進したように、環境が変わらなければAIは活用できないのだ。
利便性を追求してAIが活躍する「AIファースト」か、変わらないことで人間が生活しやすい「おもてなし」か、どちらに進むべきだろう?

【総括】アップデートが必要

技術は確実に進歩しているが、人間は進歩しているのだろうか?
スマホのOSは簡単にアップデートできても、人間をアップデートするのは大変だ。
慣れ親しんだ現金や電話や書類から脱却するというアップデートである。
技術の進歩を待つのか、人間が進歩するのを待つのか、どちらを選ぶか決める段階に来ている。
本当に「AI」が活躍する社会を求めているのなら。


・補足

ヤフオクとメルカリと利用者数推移については、下記が参考になります。

メルカリの登場により、メルカリだけ使う層も増えて、個人間売買の利用者数が増えた事がわかります。
個人的には、ヤフープレミアム会員として定期的に利用しているヤフオクに頑張って欲しいところです。

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