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レッド、謝礼はいいものだよ

専門学校で講演をした。
僕は写真家なので専門は写真撮影になるのだがその学校は写真とは一切関係無くて毎回なぜ僕なのだろうと訝しみながらも謝礼につられて依頼を受けている。

年若い学生たちにとって華も知名度も無く専門分野も違う僕はまったくもって興味の対象外のはずである。まずは学生達に「こいつの話を聞いてやろう」と思ってもらわないことには互いの時間が無駄になるだけなので、話を聞く価値がある何者かのふりをしなければならない。ラップトップと連動した教室前方のスクリーンに自己紹介兼ねて僕のインスタページを出してもらう。五桁のフォロワー数はそこそこの説得力を生むようで学生たちの顔が無関心から「へー」に変わった。軽薄に聞こえるだろうが数は権威である。無関心を「へー」にする程度には権威がある。

十九ハタチですよね?専門学校ってことはもう就職活動とか始めてるんですかね?講演開始前、そうたずねると学校職員は「はじめるも何も今の時期は追いこみですよ。既に内定出てる子が何人もいます」と答えた。十九ハタチで内定?学徒動員じゃないか。大学卒業後、ひたすら徴兵忌避したあげく二十五歳で漸くスタジオに入った僕は内定もらったことなんて一度もない。十九ハタチの彼ら彼女らはあと半年もすれば社会に出る。驚愕の事態である。

機内に響くキャビンアテンダントの声。「お客様の中でこれから社会に出る十九ハタチの学生に何を話せば正解かご存じのかたはおられますか?」 見当もつかない僕はエコノミークラスの窓際席でぷるぷる震えている。「どなたかおられませんか?!」 そこで躊躇なく立ち上がり颯爽と進んでいくの人こそ 講演するに値する者、すなわちエグゼクティブであろう。時同じくしてエコノミーな僕が窓から撮った写真はこちらです。




無関心を「へー」にする程度の権威をまとい、人生の先輩的役割(なにそれ?)を持たされて登壇した僕が出来るのは正直に話すことくらいである。すなわち夢や希望の話では無く現実的な話に終始する。

「レッド、希望はいいものだよ。たぶん最高のものだ」夢や希望を語る行為は、夢も希望も諦めかけた人にこそ必要なよすがであり、これから夢や希望と対峙する学生達が優先するものでは無い。若者の夢は目の前の現実の只中にあるべきだ。努力 未来 A BEAUTIFUL STAR

「理不尽な仕打ちからは逃げるのが得策です。逃げましょうね。その際、より安全快適な逃走経路を確保するのが理想ですので自分の売りどころは常に磨いておきましょう」そんな話をした。ある学生は必死に睡魔に抗ってくれたようで何度も白目をむいていた。ごめんね、夢も希望もなくて本当にごめんね。

何人かの生徒に「インスタフォローしました」と声をかけられた。無関心が「へー」に変わってフォロワーになってくれた。帰り道、謝礼でグリーンカレーを食べた。「レッド、謝礼はいいものだよ。たぶん最高のものだ」ショーシャンクのファンに叱られそうな剽窃を頭に浮かべてすぐ捨てた。カレーは美味しかった。

インスタ( @masudahiroshi )やってます。ツイッター( @Masuda_h )もやってます。フォローして頂けると喜びます。どうぞよしなに。