見出し画像

通訳者はスパイ!?

あるイタリアの会社は常連で、現場工事では技術者通訳、会議ではビジネス通訳、とても仲のいい北イタリアの会社だ。
今回の話は、イタリア出張に行く前日の、日伊通訳会議のことである。

当日は、東京で朝から会議がスタートするため、前泊をし、北イタリア会社の社長らと、打ち合わせを行った。そして、夜は社長奥様のたっての希望で、渋谷へ行く予定となった。
無事、打ち合わせが終わり、さぁ、渋谷へ!

大体が僕の今までの経験上、こういった希望というのは思わぬ形で覆されがちだ。
食べに行く前に、奥様が「渋谷スクランブル交差点を見たい」と言い出したので、展望台まで行った。
ここから贅沢な地獄が始まる。
奥様は社長に、何が食べたいかと聞かれ、寿司と答えた。もう一度確認だが、ここは渋谷である。
僕は、渋谷のありとあらゆる寿司店を思い出そうとするが、ない。その中でもなんとか2、3店舗回ったが行列ですぐ入ることができない。イタリア人とは、せっかちなのだ。
結局辿り着いた先は、すしざんまいであった。美味しかった。
その日は無事に終わった。

会議の朝、タクシーに乗って現場へ向かっているその車内で、社長からある依頼があった。
「会議では、日本語が分からないふりをして。」と言い出したのである。
最初は英語の会議で始まるが、相手の日本人が、日本語で何を話しているか、何を書いているか、メモして見せて、とのこと。どうやら、相手がどんな仕事をし、どんな技術を持ってるか、探りたいらしい。
この北イタリア会社は石油関係の会社であり、様々な大手石油会社と取引している。業界ではこのやり方は当たり前なのか、と自分を納得させた。
とは言え、ここである問題が発生する。
僕の存在だ。
僕が、相手の会社の社員で会議に参加したとして、北イタリア会社とは何の関係もない、日本語も分からないイタリア人が目の前に居たとしたら、言う言葉はひとつしかない。
「君は誰?」だ。
もちろん、さすがは社長だ。予め、策を練っていた。なんと僕のことは、「日本に住む友人」として紹介して下さるらしい。
なぜ、友人がここに?怪しいし絶対バレる。
ミッションインポッシブルだが、お客様の要望なのでやるしかなかった。
混乱する僕をよそに、社長は、
・日本語話せることがバレないように。
・メモして見せて。
と、ミッションに関するルールを丁寧に説明している。
僕は、そのうち指令が録音されたテープが出てきて、5秒後に消滅するのではないかと思った。(僕はイーサン・ハントが大好き)

ここまで長くなったが、結果的に言うと、僕はしっかり仕事をやり遂げることができた。もちろん通訳の方である。
社長はミッション通り僕を友人だと紹介したが、御察しの通り、先方の頭上には誰ひとり欠けることなく、クエスチョンマークが浮かんでいた。
ここでイーサンならうまく立ち回るのであろうが、僕は残念ながら、ただの通訳者だ。ミッションの依頼主を裏切り、「友人のように仲良くさせていただいています、通訳者です!」と笑顔で自己紹介したのである。

1日の会議通訳は、いい報酬をもらった。

見たこと、書いたことは、その情報を外部に漏らさぬよう、社長に言われた。万が一漏れたら弁護士を呼ぶと、ニコニコしながら言われた。
機密保持が得意なところは、僕とイーサンの共通点である。
社長はその後もリピートして下さり、いい関係が続いている。

僕はスパイには、到底なれそうにない。

Massi

みなさんからいただいたサポートを、次の出版に向けてより役に立つエッセイを書くために活かしたいと思います。読んでいただくだけで大きな力になるので、いつも感謝しています。