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【エッセイ】視聴済みコンテンツを毎回新作のようにみること

こんなことを思ったことはないだろうか。

ーこの映画をもう一度何も知らない状態で観てみたい。

ーこのマンガの読んだ記憶を忘れて、始めからラストまで読んでみたい。

ーこのマンガ原作アニメをマンガ未読の状態で読んでみたい。

誰もが一度はこんなことを思い、地団駄を踏んで悔しい思いをした経験があるはずだと私は勝手に思っている。

だって私はこのような思いを山ほど感じたことがあるからだ。

最近で言うと「推しの子」というマンガがアニメ化する際、最初の盛り上がるシーンをネタバレされたときなんて、もう怒り心頭だ。

何気なく物語のネタバレを踏んでしまったときの気持ちは、形容しがたい。

なぜTwitterで調べてしまったのかと数分前の自分を呪いたい。

とりあえずネタバレをした人間はギルティだと、頭の中のマイブラックリストに入れておいた。

しかし世の中にはそんな心配とは無縁に生きている人もいるのだ。

そう、私の父だ。

父のコンテンツの楽しみ方は羨ましいに限るから、少し聞いて欲しい。

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父は還暦を過ぎてから、動画の視聴が極端に増えた。

NetflixとAmazonプライムという文明の機器をとにかく使い倒していた。

海外のトレンディ映画、今話題の海外ドラマ、見逃した新作アニメ、
30年近く前に放映された懐かしのアニメ、古き良き特撮から
人気アーティストの音楽Live、はたまた落語やお笑い、科学ドキュメンタリーなど

まあ多岐にわたる分野を視聴しているのだ。

そんな中、私はふと気づいたことがあった。

「お父さん、またこの映画観てるの?」

確かこの映画は以前視聴していたのを覚えている。

一年前私も隣で観ていたSFパニック映画だからだ。

すると父は不思議そうに言った。

「そうだったか。ぜんぜん覚えていないから、初めて観た気分だよ」

「ふうん」

そういうものかと私は適当に相づちをうって、部屋へ戻った。

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あの質問から半年後

「またこの映画観てるんだ。そんなにはまっちゃったの?」

半年前に観ていた映画をまたTVで視聴していたのだ。

「あれ、この映画って前に観たか?」

「えっ……」

私は思わず絶句した。

「いや、今年の4月に観てたじゃん。今回で3回目だよ」

「いやあ、すごいなあ。この映画そんなに観てたか。」

だんだん私は心配になってきた。

人って、こんな短期間で視聴したコンテンツをまるっと忘れるものなのか。

すると私の動揺を知ってか知らずか、父はあっけらかんと笑いながら言った。

「いやあ、年をとるとなあ記憶が曖昧になるんだよ。だから毎回新作を観る気分で楽しいんだ。はっはっは」

父のあっけらかんとした様子を見た私は、なんだか自分が驚いたことにだんだん馬鹿らしくなってきた。

本人がここまで気にしていないのに、私が気にすることでもないだろう。

真剣に心配した私が馬鹿馬鹿しくなってきた。

しかし、同時にこんな形で父の老いを感じるとはと私は驚いていた。

いつまでも両親がいるとは限らない、老いは誰しもが経験する。

「あ、こういうのは僕だけじゃないんだぞ。会社の同期のやつも同じ事を言っていたんだよ。昔観た映画の筋をさっぱり覚えていなくて、まるで新作を観た気分だって」

父はこのような状態でもコンテンツを楽しみ、老いすらもうまく利用してさえいるように感じた。

老い方だけでコンテンツの楽しみ方ひとつも変わるんだなと、私はしみじみと感じた。

「はっはっは、だから僕はネタバレも怖くないんだ。なんせ忘れちゃうからな。どうだ、やってみろ」

「じゃあこの作品のネタバレ、今から言おうか」

「お前、それは性格悪いぞ」

#創作大賞2023 #エッセイ部門

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