【エッセイ】カラオケの履歴で歌い手を妄想する楽しみ
【カラオケの選曲にはこだわりが詰まっている】
カラオケの選曲には、その人の個性いわゆる【こだわり】が表われる。
これは私が数年前に経験した話だ。
いつも通っているカラオケ店に行き、いつものように履歴ボタンを押したときのことだった。
同じ曲が6回近く履歴に並んでいるのを見つけたのだ。
紅蓮華の6連続歌唱はすごいなあ、私だったらきっと喉がやられているに違いない。
私の前に歌っていた人の丈夫な喉が羨ましい、と思わずそんな感想が頭に浮かんだ。
この履歴を見る限り、最近はまった曲を歌えるようにひたすら練習しているカラオケの履歴だなと私はひとり分析をした。
その気持ち、すごく分かる。
紅蓮華6連の歌唱はやったことがないが、似たような経験はカラオケ好きならよく通る道だ。
他にもこだわりを感じる選曲の履歴を見たことがある。
ジャニーズ系をひたすら入れているファンの鏡ソング縛り、
アニソンで同じキャラクターが歌う曲を入れているキャラソン縛り、
お気に入りの声優が歌うアニソンや声優オリジナルソング縛り、
ディズニーランドやシーに行ったような気分になれるディズニー縛り、
演歌を連続で入れて喉がいかれないか心配になる演歌縛り、
流行のJ-POPを入れているトレンドソング縛りなど
人の選曲には【こだわり】が詰まっているのだ。
私がはじめてぼっちカラオケに行ったとき、カラオケの履歴を見るなんてこと思いもつかなかった。
ただひたすら自分が練習しようと思った曲を入れ続け、ひたすら歌っていた記憶しか覚えていない。
それから数年後、ぼっちカラオケに慣れ、歌える曲も歌い尽くしたし、新たな歌える曲を探そうとまるで開拓者の気分で検索していたとき、ふとカラオケの【履歴】と書かれたボタンが目に入った。
私にはカラオケの【履歴】ボタンとは、本当に縁のない歌い方をしていた。
ここ数年間何十回も通ったカラオケで、私は履歴ボタンを押したことがない。
本当にふとした興味で履歴ボタンを押してみると、思いのほか楽しかった。
今までこの部屋で歌った客がどんな選曲をしていたのか履歴で見ると、色んな妄想が浮かぶのだ。
履歴には歌い手の個性が表われる。
ーおもしろい。
ーただおもしろいと思った。
人の選曲履歴を見ることで、人の性格や個性が頭に浮かんでくる。
ぼっちカラオケも10年目に突入する中、私は新たなカラオケの楽しみ方を見つけていた。
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【カラオケの履歴で見る楽しみと共感】
私はカラオケの部屋に入ると、慣れた様子でアカウントにログインした。
10年近くカラオケに通うと流石に「DAM とも」や「うたすき」のお世話になるのだ。
アカウントを作成するとお気に入りの曲をまとめてリストにすることができるから、いちいち検索する手間もない。
これらの機能を開発した企業さんに感謝したい。
「この機能は日常生活に必要か?」と聞かれると「必要ない」と答えるしかないが確実にひとり、この機能に救われた人間がここにいる。
最初はカラオケの常連になる予定などなかったのに人生何が起こるか分からないものだなと思いながらスムーズにログインを済ませると、次に私が行なうことは「履歴」の閲覧だ。
今居るカラオケボックスの部屋で、今までどんな選曲が行なわれたのか見るのだ。
我ながら、なんと地味なことにはまっているなと思う。
ちなみにこの話をあまり他人に話したことがない。
私の友達には頻繁にぼっちカラオケに行く友人がいないため、この楽しみ方に共感してくれないのだ。
この話をすると友達はいつも不思議そうな顔で「それって楽しいの?」と私に聞いてくるからだ。
このカラオケの楽しみ方に共感できる人がいたら、ぜひお友達になってみたいものだ。
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【選曲の君に会いたい】
数曲歌って、履歴を見て、また数曲歌って、さらに前の履歴を見るの流れを繰り返していたときだった。
ふと選曲された6曲の履歴の並びが私の目を惹いたのだ。
この選曲の人、私と同年代なのだろうか?
学生時代に聞いた曲、
私好みの選曲、
マニアックな曲も入っていて、正直私以外歌う人がいるのかと驚いた。
ーやだ、この人とぜったいカラオケの趣味があう!ぜひ友達になってみたい!
その日、自分のマニアックな選曲と趣味があう人間がいたと知り、勝手にひとりでテンションが上がっていた。
普通に会えるはずもないが、ただ自分と選曲が似ている人がいたことに勝手に感動していた。
しかしそのテンションも数時間後に冷めることになる。
財布の中のレシートを整理しているときのことだ。
カラオケのレシートには、その日入室したカラオケボックスの番号が印字されている。
一週間前に行ったカラオケボックスの部屋と今日入ったカラオケボックス部屋は、同じ番号だ。
・・・!
数秒後、私ははっと気づいた。
やだ、これ一週間前の私が選曲したやつじゃん。
友達になりたいと思った選曲の君は自分だった。
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【マナーがいい客だと思うから許してほしい】
あの日の勘違いは二度としない。
正直、穴があったら入りたい。
誰にも話していないのだから恥ずかしがる必要もないのだが、それでもなんだか恥ずかしかった。
家で静かに恥ずかしがっている私を見て母は不審そうな目で私を見ていたが、正直私の中では恥ずかしさのほうが勝っていた。
私の中で【選曲の君】事件も落ち着き、再びカラオケへ通うのは、少し期間が空いた。
仕事も忙しくなり、カラオケに行く回数もだいぶ減ったのだ。
決して【選曲の君】事件は、気にしてなどいない。
気分転換で久しぶりに行ったカラオケは楽しかったし、充実した時間だったと思う。
ここで、私のカラオケでのひとつの流儀を話そう。
最近はカラオケ店へ頻繁に通えないから、カラオケに行けるときは長時間とことん歌う。
それこそ追加のドリンクや料理も注文せずにだ。
しかしあるとき、この流儀に苦言を申す人がいた。
私の母だ。
頻繁にカラオケへ行くのにワンドリンクしか注文しない私に、母は呆れたようにこう言ったのだ。
「せっかくカラオケに行ったんだから追加注文くらいしなさいよ。カラオケ店だって、コロナ禍で大変だったのよ。あんたが貢献してあげなきゃ、誰が貢献してあげるの?」
私ひとりのカラオケの注文で変わるのか甚だ疑問しか浮かばないが、母の言い分は一理ある。
「ワンドリンクで居座るぼっちカラオケの客は、カラオケ店にとってイヤな客なんだろうか」とふと悩んだ。
でもカラオケの常連だし、時間も守り、部屋を綺麗に使う私はたぶん比較的マナーがよい客だから許してほしいと思った。
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【小さなお客さん】
「アンダー・ザ・シー」というディズニーの海の底でノリのいい歌声が響く曲を気持ちよく歌っていたときのことだった。
ドアの前に誰かいる?
店員というわけでもなさそうだ。
私と同じカラオケ客だったら、ちょっとイヤだなと思う。
「こっちがぼっちカラオケで楽しんでいるときに、ドアの前で聴くんじゃねえ。マナー違反だろ!」とガラが悪そうに怖く言ってやりたいが、そんなこと言える勇気もない。
しかしその人物はドアの前にあまりにも長く居座るのだ。
先ほどから、ちらちらと視線を感じる。
歌詞を目で追っかけているから、ドアの方向を見て、人物を確認するのも一苦労だ。
しかもドアの前の人物は私が視線をやるとパッと隠れる。
まるでかくれんぼをしているかのように。
この状況があまりにも続くなら、電話で店員に注意するようお願いした方がいいかもしれない。
そう思いながら、ちらっとドアのガラスを伺うとやっとドアの前に居座る人物の正体が判明した。
その人物は確かに同じカラオケのお客さんだった、まだ幼稚園に通ったばかりの小さな男の子のお客さんだったが。
私は予想外の小さなお客さんに思わず歌うのを止めてしまった。
すると小さなお客さんは不機嫌そうな顔に変わっていった、あと10秒で僕は泣き始めますと言いたげに。
どうやら「続きを歌え」とおっしゃっているらしい。
私は「あなたの仰せのままに」と言わんげにすぐに続きを歌い始めた。
私が続きを歌い始めると、小さなお客さんは手をパチパチと叩いてその場で飛び跳ねていた。
しばらくすると小さなお客さんのママさんが「もう帰るわよ」と声をかけるが、ドアの前から一向に離れる気配がない。
私が「アンダー・ザ・シー」を歌い終えるまで離れる気はないらしい。
なんて可愛らしい暴君だろう。
でもこれは「このママさんも大変だろうな」と思いながら、なんとかこの暴君が満足しますようにと歌い上げる。
これはちょっとしたガラス越しのふたりだけのリサイタルになっていた。
ぼっちカラオケばかりで、人と歌う機会があまりない私はがらにもなく緊張したが、たぶん上手く歌えたと思う。
最後のフレーズを歌い終わり演奏が終わると、可愛らしい暴君は「余は満足である」と言いたげな表情でこちらをみると、ママさんのもとへかけていった。
ママさんはガラス越しで見ている私に気づくと、会釈をして、可愛らしい暴君を連れて受付に去って行った。
カラオケボックスでは予想外なことが起こるものだ。
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【シニアのカラオケの集いは健康の源】
出かけた先で時間が空いた時、私が時間をつぶす方法は2つある。
ひとつはカフェに入り、スマホでネット検索をすること。
もうひとつはカラオケ店に入り、とりあえず時間をつぶす。
空き時間が30分程度あれば、カラオケに入ることを視野に入れるようになっていた。
昔より色んな地区でのカラオケに行って、気づいたことがある。
履歴を見ると、そのカラオケに通う年齢層が分かるようになった。
私が住む地元は比較的高齢化が進んでいる地区だ。
休日にカラオケへ行くと、シニアの団体さんが受付で会計をしていた。
人数は8人ほどで男女ともにバランスよくおり、とても楽しそうに談笑をしている。
「あなたの歌ってた曲、よかったわよ」
「なんだか元気になる歌声よね」
「「ねえ!」」
ねえという同意の声のハモりから分かる、本当にみんな楽しかったという気持ちがあふれ出している。
とあるおばあ様がガタイのいいおじい様にたずねる。
「その歌声の良さの秘訣は何なのかしら?」
すると気をよくしたガタイのいいおじい様は、からっとした夏の太陽みたいに笑ってこう言った。
「それはな、みんなと楽しく歌うことさ。楽しく歌うと健康にも繋がるしな。はっはっは!!」
ひときわ元気な笑い声が受付の前で響いた。
なんだか元気な声を聞くと、こちらも元気になるからいいものだと思った休日の時間だった。
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↓創作大賞2023開催中、カラオケに関するエッセイをまとめていきます。
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【意外と似た嗜好の人はいるものだ】
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