密度

 人と比べてみて初めて自分のことがわかる。少し前に海外学会があり、Mさんと同じ部屋で3泊してそのことを痛感した。

 まず私は朝なかなか目が覚めない。目覚ましが鳴るとちゃんと止めていると思っていたけれど、けっこう長いこと鳴らしていたようだ。一度鳴る前に目が覚めてベッドでまどろんでいたら、Mさんは最初の「ピッ!」で目覚ましを止めていたのでびっくりした。

 次に、私は目が覚めてもなかなか立ち上がれない。布団の中で何度か伸びをし、ぼんやりした頭で寝転んだまましばらくストレッチをする。そうするとだんだん目が覚めてきて、やっと座ることができる。しかしMさんは目覚ましを止めると、そのままがばっと起き上がっていたので驚いた。

 目が覚めて即がばっと起き上がるなんて、私は寝坊して遅刻寸前のときしかできない。そういうときも急いでいるにも関わらずふらつく。ふらついて足をどこかにぶつけて青あざをこしらえたり、そのあと電車内で酔って気分が悪くなったりする。パソコンだってテーマ音楽とともにおもむろにパスワードを要求したりするのに、Mさんはいきなり立ち上がるのだ。ちなみにMさんがストレッチをするのは寝る前である。

 私が掛け布団の下でうーんと身体を伸ばしている間、Mさんは既にちゃかちゃか動き回っている。私が半身を起こす頃にはドレッサーに向かっている。化粧水を塗るパン!パン!という威勢のよい音が聞こえてくる。そういう気がするだけかもしれないけど、半分閉じたままの私の目には、試合前の柔道選手が気合いを入れるため両頬を叩いているように見えてちょっと怖い。そうしてMさんは、「起きなさいっ! まだ寝てるの? もう7時よー」と私を叩き起こすのである。その間10分足らず。驚愕するしかない。

 寝起きの悪さ以外に私が初めて自覚したのは、お茶をよく飲んでいるらしいということである。私は朝、ホテルの朝食に向かう前に部屋でお茶を飲む。朝食からいったん部屋に戻ったときもお茶を飲む。学会会場でも休憩のたびにお茶を飲む。昼食のあと素早く部屋に戻ってお茶を飲む。一日のプログラムが終わって部屋に荷物を置きに戻ったときにお茶を飲む。夕食後も、夜の散歩の後も、寝る前もお茶を飲む。

 これくらいの回数はふつうだと思うけど、多いのだろうか。私はMさんがこんなにお茶、というか水分を飲まないで大丈夫なのか心配になったけど、Mさんは私がお茶を飲んでいると「またお茶飲んでるの-?」と呆れた。私がお茶をたくさん飲むのは、水分をたくさん必要とする体質なのかもしれない。

 寝起きの悪さでかかる時間やお茶を飲んでぼんやりしている時間の多さを考えると、Mさんと比べて私はずいぶん時間を無駄にしていると思う。お茶を飲むのは喉が渇くという理由だけでなく、煙草を一服するような感覚でもある。私は煙草を吸わないけど、分煙が進む職場では喫煙者が休憩しすぎると非難されることもあるというから、その理屈でいうとお茶を飲み過ぎるのは休憩のしすぎだともいえるだろう。

 そもそも私はぼんやりしている時間が多い。空に浮かぶ雲の形が変わるのをぼんやり眺めているのはしょっちゅうだ。月や星もよく眺めているので天体望遠鏡を買ったくらいだ。遠くのものだけでなく、ベランダに雀がやって来れば飛び立つまで見ていたり、ゴーヤの蔓の形に見入って水やりをしているのを忘れたりする。こうやって書き物をしていても、疲れたら机の引き出しから鉱物を出し、つまんで光に透かしてみたりしている。

 Mさんは学部を首席で卒業して大学院のころから新進気鋭の研究者として注目されてきた。それに比べて四回生で突然進学を決心して先輩たちの院試ダービーの大穴だった私は、挫折しながらよたよたとなんとか研究を続けているという有様である。Mさんは何故か自分が早死にすると信じている(その頭の良さは信頼に値するけど、この予想は外れてほしい)。一方私は、自分がとんでもなく長生きしそうな予感がする。

 自分がこれから先、目覚ましが鳴ると同時に起きられるようになるとは到底思えない。帰りの飛行機の中で疲れてうとうとしながら、このままお茶を飲んだり星を眺めたりぼーっと薄い密度で長生きして、最終的にはMさんくらい仕事ができたらなあなどと考えていた。

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ありがとうございます。いつもつましい暮らしを送っていますが、くたびれたときは、ちょっといい喫茶店で休憩させてもらうことにします。

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