鱒子 哉

空想の切れ端。 あまりここには顔を出さないかもしれません。Twitterにいますので。

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マガジン

  • 短篇集

    ほとんどが移転になると思います。よかったら意見ください。とことん納得がいっていないので。

  • 日記

    日記の寄せ集めです。

  • ねじれる感情たち(連作短編)

    初の連作的短編です。三篇合わせて一万字強です。

  • 詩たち

    #詩人の本懐 などでつくった詩を投稿します

  • 私たちはちょうど始まったばかり

    表題の作品を連載したものをまとめます。エブリスタや小説家になろうではすでに投稿済みです。

最近の記事

    • 発光するサンゴ

       電気を消し忘れてしまったのかと思った。けどそれは天井に張り付いた円からではなく、窓際の方からだった。月にしてはひどく遠慮がちで、まるで自分が発光しているのではないとでも言いたげなかよわさで、近よると、きのうの夜に持ち帰ったサンゴだった。  ふれるとその光は電池が消耗されていくみたいに、ゆるやかに止んだ。  帰りの車のなかで、サンゴを拾ったんだと、助手席でくたびれているおかあさんに手をのばして差し出すと、「それ、違法なのよ」とだけ言って、ふたたび前へと視線をもどした。 「だい

      • 日記⑲(2022.02.26)

         三年と半年もの間、アルバイトしていた書店をやめた。今月に入ってから、あと何回出勤があるかを数えていたのに、いつも通り日々を過ごしていたらいつのまにかその前日で、当日で、その次の日になっていた。感傷ばかり。  もともとは一年ほどしたらまた別のアルバイトをしようと思っていた。いろんなアルバイトを齧りたいと思っていたからだ。次は花屋さんがいいな、なんて。でも気づいたらこんなに経っていた。あまりに居心地がよかった。  色んなことがあってその断片がハイライトのように行き過ぎるが、そ

        • 破壊衝動  [倫理的注意]

           いつも暗い、翳った部屋にいた。ほんとうはそこは午前でレースカーテンから陽が射し込んでいたり、夕暮れをすぎて電気がついていたりしたのかもしれない。ほんとうを思い出せないほどわたしはまっくらだった。  わたしは母親になろうとしていた。いや、目に見えないだけで存在はしているのだから、もう母親なのだった。子を産んで幸せになりたいという希望は抱いていなかった。だから、なのだろうか。わたしにはその準備ができていなかったから。  妊娠していることがわかってから、ただしくないことをしている

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        • 短篇集
          13本
        • 日記
          22本
        • ねじれる感情たち(連作短編)
          3本
        • 詩たち
          9本
        • 私たちはちょうど始まったばかり
          6本

        記事

          【祝千人】わたしが動画を始めるまでの経緯 後編

          「左打ちに戻して下さい」  久しく聞かなかった音声に驚いて、また別れ際のことを思い出していたことに気がついた。ぼんやりしているうちに右にひねっていたらしい。慌てて戻したけれど、何発無駄にしてしまったのか。  しあわせになってほしい。そんな虫のいいことをぬけぬけと言ってのけた彼との関係が終わってから、そこはかとない喪失感が次第にふくらんでいた。ただしそれは彼の愛を失ったからではなく、贖罪の機会を手放してしまったことによるものだった。空白な日々。  私は罪を犯すことと贖うことで相

          【祝千人】わたしが動画を始めるまでの経緯 後編

          【祝千人】わたしがYouTubeを始めるまでの経緯 前編

           出来心、というべきなのかもしれない。でもそのときの私には、意思はおろか感情も何もなかった。身体が反射しただけだった。あたかもそれが、世界の意思であるかのように。  緊急事態宣言下の終電、そしてその終点間際の車両には、ひと駅おきに目を覚ましていたやつれたサラリーマン、優先座席の隅で動画を鑑賞している女子大生、おそらく泥酔して気を失ったようにふかく眠りつづける男、そしてその隣に今日だけで五万スった私、の四人しか揺られていなかった。この異様さにもいよいよ慣れてきた頃だった。  彼

          【祝千人】わたしがYouTubeを始めるまでの経緯 前編

          7月中には投稿したい……プロットの煮詰まり度は半ばですが

          7月中には投稿したい……プロットの煮詰まり度は半ばですが

          日記⑱(2021.04.01)

           教科書を買うのに、ひとりで新宿に行った。いつも連れ立った友人が就職のために遠くへ行ってしまったからだ。  本屋を出たあとはいつも喫茶店に寄っていて、だから今日も寄った。ほとんど満席で、はじめてカウンター席に案内された。二本目のタバコを手持ち無沙汰で吸いながらこれを書き始めたものの、そのライヴ感が恥ずかしくなって早々に出ることにした。  二月に彼がいなくなって、それに精神がかかりきりになって、つらいことをつらいと思わないような日々が続いていた。「いなくなった」という事実は(

          日記⑱(2021.04.01)

          日記⑰(2021.01.01)

           大晦日や正月は、正直、邪魔だなと思う。  いいことといえばバイトが四連休くらいなもので、朝起きての一曲目、一本目のタバコ、にいやに気を遣ってしまうし、今日の過ごし方で一年が決まってしまうような気がするし、それまで築いていた一週間のリズムがくずれる。大晦日くらいは、元旦くらいはとだらけたくなる。それから朝起こされるのがなによりしんどい。立派らしい抱負を口に出し、親戚に電話をかけなければいけない。そして好きでもないお酒を飲む。新年あたらしい気持ちで、どころか鬱だ。実家を出たらい

          日記⑰(2021.01.01)

          3.健全で健康な日々

           人為的な昏さにカーテンから漏れる光がななめに射しているということは、おそらく日中なのだろう。そのかすかな陽光さえ煩わしかった。部屋はしんとつめたく、毛布から抜き出る足の先が寒気をちらつかせる。のしかかる毛布の重さもあいまって、また寝入りたいようなだるさが首から下を支配しているのだが、割れるような頭痛があまりにはげしく、それを緩和させるにはベッドから降りなければいけなかった。  フローリングにそうっと足をつけると、投げ出されていた足先で感じていたよりもさらにつめたく感じて、瞬

          3.健全で健康な日々

          2.まぶしい私たち

           気持ちのいい酔いに全身で浸りながら自動ドアを抜けると、思っていたよりもずっとつめたい外気にあてられた。この酔いはしばらくしないうちに醒めてしまうことを知っている。私につづいて出てきた理子は「さむ!」と元気だった。フレッシュなはずの私たちのリクルートスーツは、立ち並ぶ居酒屋たちの看板に照らされながら、どこか疲れているように見えた。  昨晩、いつもの就活愚痴大会を理子と二人でやっていた。当初仲のよかった五人のグループで行われていたそれは、季節が移ろうのに合わせてぽつぽつと内定を

          2.まぶしい私たち

          1.雨が降りませんように

           むかしから傘を持ち歩くのが嫌いで、午後から雨が降るとされる天気予報の日は、登校しながら学校に向かって「雨が降りませんように」と祈っていた。その祈りが届くこともあれば、当然、予報のとおりになることもあった。今日もいつものように職場に向かって祈りを捧げたが、ゆっくり、着実に雲の一群は僕のいる地域を覆いつつあった。  このクリーニング店に客はあまり来ない。住宅街の入口という立地は周辺の住民をターゲットにしているのだろうが、そもそもクリーニング店を利用しないか、安心・安全のチェーン

          1.雨が降りませんように

          日記⑯(2020.10.17)

           いまが秋なのかどうか、どうにも疑わしいですね。季節の移り目があまりにも鮮やかで、たとえ目を瞠っていても素通りしてしまいます。冷えによる体調不良を防ぐには冬の格好をしなくてはいけません。  久々にnoteに何かをあげようと思ったのですが、それに値する身体的事件はなにもないので、ここ最近の、ぼくの精神における変化、あるいは変調を書きます(前者に比べて面白さは大きくなくなることが予想されますが)。  先月の上旬に、ある事象がありました(「起こった」ではなく、それは継続していま

          日記⑯(2020.10.17)

          日記⑮(2020.08.29)

           推敲段階に入ると、とたんに手持ち無沙汰になる。推敲を長くとるのは新人賞に出すくらいの長さのもので、ぼくはこれまで三つしかその長さを書いたことがないから、その手持ち無沙汰さがいつも久々でうろたえてしまう。  とりあえず読書をする、未完成の小説にはふれたりふれなかったり、いろいろなリズムでごっちゃになりたい。でも推敲期間は、その小説世界と自分の世界を近くすればいいのか遠くすればいいのか分からなくて、きっとそれは人によるわけで、ぼくはなんとなく前者な気がしている。フィクションを

          日記⑮(2020.08.29)

          暗転と酩酊

           第一の失敗は、店を沖縄料理屋にしたことだった。  せっかくここに来たんだし、とオリオンビールから始まり、三杯目からは泡盛になっていた。ビールはザルだが焼酎にはとことん弱いのを知っていながら、場の空気に抗うことができなかった。誘われた飲み会をほとんど断らないでいたのは泥酔しないからだったのに。  断続的な外灯は無限ループを想起させる。知らない、自分とは無関係な住宅が立ち並ぶ。だから変化に気づかない。ひたすら真っ直ぐ、同じ道を進む。  今晩集まった五人のうち牧田と高山だけが独身

          暗転と酩酊

          日記⑭(2020.05.02)

           鬱だ。  でも、ぼくよりも大変なひとがいることをぼくは知っている。コロナで内定取消を食らった人もいると聞いた。それは自分で認識すると一番身に刺さる。  他人にそんなことを言われたのでは、何てことない。でも自分で思い至ると、その異物はつよい存在感を持って毒になる。  眠れなかった。久々に外出して幼馴染と散歩して、確かに身体は疲れていたはずなのに、全く眠りにつけなかった。躁のあとには鬱がくると、意識の外では思い出していたのかもしれない。母のつくってくれた昼食は量が多かった。

          日記⑭(2020.05.02)