ゲイとして生きづらさを感じた瞬間「彼との死別」
もう17年も前ですが、昔付き合っていた人が入院したのが1月末だったなとふと思い出しました。
3か月前くらいにひどいケンカをして連絡を取らなくなり、そのまま自然消滅で終わるのかと思っていた時に「入院する事になって他に頼る人がいないので着替えとか持ってきてほしい」というメールが来て、病院に行ったらひどく瘦せ細っていて言葉が出ませんでした。
彼はエイズを発症していました。半月ほどで旅立ってしまいましたが、毎日苦しそうな顔をしていた事だけがひどく記憶に残っています。
彼は故郷にあまり良い思い出がないようで実家とは全く連絡をとっていなかったのですが、お医者さんに説得されたようで最期を迎える一週間くらい前にお母様がいらっしゃいました。彼の家に泊まるとの事だったので、事前に部屋にあるゲイ要素のものは紙袋に入れて私が預かりました。
その時から私は「毎日お見舞いに来て世話をしてくれるとても親しい"友人"」として振る舞わなければならず、何だかそれが数日続いてじわじわと辛かったのですが、亡くなって火葬場で彼が骨になっても私はあくまで友達と言う立場で泣き崩れていました。
付き合っていた人を亡くしてこの上なく悲しいのに、病室にや霊安室、火葬場まで私は友の仮面をつけていなければならないので、そこでゲイとして生きづらさを感じました。
彼は親にセクシュアリティを明かさずにいたので、私がそれを勝手に破るわけにもいかず友達を貫き通すしかありませんでした。子供を早く亡くしたお母様の方がもっと辛いであろう事もあって、私はこの感情をどこにも言える事ができずにいました。
そんな事もあって精神的に辛くて仕事も手につかないほどだったのですが、職場の人に付き合っている男性が亡くなったとは言えないですし、親族が亡くなった時のように慶弔休暇があるわけでもないので、自分の中で喪の期間と言うか辛い心と体を落ち着かせる時間がありませんでした。
ゲイの中でもエイズへの偏見があるため彼が亡くなった理由を言えませんでしたし、私自身は検査で陰性だったので自分だけ生き残ったような気分も重なり、しばらくは本当に落ち込みがひどくて、この世から消えたいと思うばかりでした。
このような具体的な生きづらさを感じるエピソードがなくても、日々の暮らしの中で少しずつ受けるジャブがきいてくる事もあるはずです。言葉で表現できなくても生きづらさを感じる時もあるでしょう。
ゲイは生きづらさを抱えていないという話が出たりもするのですが、私が生きづらさを感じた話として書いてみました。
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