『アフター1964 東京オリンピック』五輪の問題点より、魅力的な選手たちの弱音。【初出/文藝春秋「Number」974】#本と雑談ラジオ

https://number.bunshun.jp/articles/-/838792 にて現在も有料公開されている記事ですが編集部のご厚意により、こちらに転載します。多くの人に是非とも読んでいただきたいノンフィクション本であり、私の書評は無料公開とします。(雑誌掲載時のレイアウトのまま載せたため文字組が凸凹していますが特に意味はありません)





《野茂がもし世界のNOMOになろう
とも君や私の手柄ではない》。日本人
が世界で活躍するたび、ネットや印刷
物でくりかえし引用される短歌である。
来年に予定されている東京オリンピッ
クは、今からでも返上したほうがいい
と、心の底から思っている私が作者だ。
 そんな私にも本書は面白かった。1
964年東京オリンピックの新聞記事
を参照し、当時の写真も紹介しながら、
「当事者」の12名に取材して書かれて
いる。2020年大会の提言になるよ
う、彼らの反省点を主に聞き出してい
るのが特徴だ。くよくよした後悔の部
分にこそ光が当てられているのがよい。
 スポーツには広義の「政治」がつき
もので、だれもがそれに振り回される。

「大人たちの思惑で一人の若い
人間の一生を台なしにしてしま
う、これはあってはならないの
ことですよ」と語るのは、日本
初のオリンピックカヌー選手、
本田大三郎。彼は当時所属して
いた自衛隊の都合に翻弄され、
組みたくもない相手とペアを組
んでオリンピックに出場する。
本来もっといい成績を残す可能
性があっただろうと、読者もき
っと歯噛みしたくなるはずだ。
 本書はオリンピックだけでな

く、パラリンピックにも言及しているが、
もちろんパラリンピックも「政治」まみ
れだ。黎明期に活躍した近藤英夫が複数
の競技に出たのは、「オヤジの顔は潰せ
ない」との考えからだったという。オヤ
ジとは彼をスポーツの世界に借り出した
医師のことで、近藤が医師を慕っている
ことは明らかではあるが、それにしても。
 当時の日本選手が単なる情報不足で損
をしたり、用具などの未発達によって苦
労したりするさまも複数名から語られる。
 そのほか、今では傑作とされている市
川崑監督『東京オリンピック』が当時、
いかに(文字通りの)政治家に嫌われ、
ゆがめられようとしていたかが山本晋也
監督の登場する章で分析されていたり、
著者カルロス矢吹の人選は目配りがいい。
 オリンピックの抱える問題点がひとつ、
またひとつと指差されていくたび、私は
ますます「今からでも返上したほうが」
との思いを強くしつつ、スポーツマンた
ちの弱音にはどんどん魅了されていった。
 そしてロードレーサー大宮政志が19
64の大会で36位になったとき、《金メ
ダルを獲得したイタリアのツァニンとの
タイム差は、わずか0・12秒。約40人が
一斉にゴールし、3位から27位までは同
タイム》だったというくだりを読み返し、
ため息をつきながら本をそっと閉じた。




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枡野浩一(歌人)

短歌ブームの下地をつくった青春小説『ショートソング』(集英社文庫)は約10万部のヒット。小手川ゆあさんによるコミック版はアジア各国で翻訳されています。電子ブックもありますよ。南阿佐ヶ谷の白っぽい小さな多目的スペース「枡野書店」店主。https://masunobooks.com/

枡野浩一の短歌や文章

新聞・雑誌などに書いた短歌や文章の一部を転載します。ほかに有料メルマガをほぼ毎日発行しています。
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