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超短編小説『まゆげ』作=枡野浩一

むかしdocomo配信の小説『恋愛アプリメント』(Gモードスタイル)のために書いて、没になったやつが出てきたので公開します。独特の書式なのは、その仕事の仕様に合わせたためです。ほかにも、かなり好評だったのに世に出なかった漫画の原案とか手元に色々あるので、絵が描けるけど話が思いつかないといった方はお問い合わせください。


合コンに呼ばれたのは、

人生で二度目だった。

高校時代は野球ひとすじ。

とはいえ甲子園に行くほどは

有力校ではなかったし、

万年補欠だったし、

まじめな高校生活だった。

もちろんモテなかった。

合コンに呼ばれるのって、

もともとモテる男だけだから。

一応「都会」の大学生になり、

急に交友関係が派手になった。

眉毛のせいじゃないかと思う。

高校のころまでは眉毛を

いじらないようにしていた。

それが野球部の伝統というか。

強い選手の場合はまあ、

いろいろと黙認されていたけど、

僕みたいな補欠はなるべく

目立つ格好を避けてきた。

でも大学デビューを意識して、

さあ眉毛を整えなくちゃと、

自分から考えたわけじゃない。

たまたま住むことにした町の、

地元の床屋さんに行った。

そこのおやじさんがふつうに、

「眉毛もそろえていいよね?」

と言って、

勝手に形を整えてしまったのだ。

鏡を見たら、意外な男前がいた。

髪型も坊主だったのが、

少し長めになったから、

顔全体の印象が大きく変わった。

でも、やっぱり決め手は眉毛だ。

僕の眉毛はもともと濃くって、

すぐに、もっさりしてしまう。

床屋で整えてもらってからは、

自分でもいじるようになった。

「あれっ、かっこよくなった?」

みんなから、そう言われた。

髪型や眉毛を変えたくらいで、

周囲の自分に対する態度が、

こんなにちがうなんて驚いた。

ファッション雑誌を買って、

服装にも気をつかい始めた。

夏に初めて田舎に帰ったら、

「おまえ、あか抜けたなあ!」

と、地元の友達にも驚かれた。

彼女できたかと親にも言われた。

実際は、まだだったけど……。

今回の人生二度目の合コンは、

クラスでもかっこいいほうの

男にだけ声がかけられたらしい。

ちょっと誇らしかった。

女の子は同じ街にある、

美容学校の子たちだという。

見た目のいい子たちばかりで、

美容学校に通うかたわら

キャバクラで働いているという、

すごい美人も何人かいた。

僕は田舎者であることが

バレないように、

なるべく口数を少なくして、

ひたすらビールを飲んでいた。

男女とも全員ノリがよかったが、

ひとり、アルコールを飲まず、

ずっと黙ってる地味な子がいて、

僕は彼女のことが気になって

しかたがなかった。

目は何度か合ったと思う。

なんだかずっと、

僕の顔を見ている気がするのだ。

いや、気がするというか、

確実に、見ている……。

にらんでいると言ってもいい。

見ているのは眉毛だろうか?

僕の眉毛が気になるのかな?

そんなふうに考えるのは

自意識過剰じゃないかと

自分をいましめたりして。

その地味な子は結局、

用事があるからといって、

途中で帰ってしまった。

「あの子、いつも、ああだから」

と、女の子たちは、

気にもしてないようだった。

「あの子さあ、なんか、

おまえのこと、見てなかった?」

となりの男が耳打ちした。

ああ、気のせいじゃ、なかった。

結局、

飲み会は盛り上がったけれど、

僕は一人で帰ることにした。

あの子がいないんなら意味ない。

ケータイのアドレスは一応、

三人くらいと交換したけど、

いちばん知りたかったのは、

先に帰ったあの子の連絡先だ。

帰りの電車の中では、

さっそくメールが届いた。

その一通を呼んでいるうちに、

また一通、さらに一通と、

次々とメールが届いた。

すべて別々の女の子たちからで、

モテモテ男になった気分だった。

だけど、その子たちのことは、

ほとんど印象に残っていない。

とりあえず返信はしたものの、

先に帰ったあの子の連絡先を、

知りたくてたまらなかった。

それで、あせりすぎてしまった。

三人の女の子へのメールに、

〈先に帰ったあの子の連絡先を

知らないですか?〉

と書いたら、

全員それきり返信が来なかった。

男友達にそのことを話したら、

「おまえ馬鹿だろ?」

と、さんざん笑われた。

たしかに無神経なメールだった。

三人のうちの一人が、

キャバクラに勤めていると

幹事の女の子に教わって、

その店にも行ってみた。

一週間分のバイト代が、

二時間くらいで消えてしまった。

キャバクラに勤めている子は、

愛想よく話してくれたけれど、

あの子の情報は何ひとつ

得ることができなかった。

でも、

合コンにいた女の子たちが

通っている美容学校の名前を

初めて教えてもらった。

もちろん行ってみた。

男は僕くらいしかいなくて、

じろじろ注目されてしまった。

「おまえストーカーだよ」

男友達には笑われたけど、

真剣だった。

美容学校に二度目に行ったとき、

「なにかご用ですか?」

と声をかけてくれた男子学生に

事情を話したら、

「その子ならたぶん知ってます」

と言われた。

「次に会うことがあったら、

あなたの連絡先を伝えますよ」

そう親切に言ってもらったので、

紙にアドレスを書いて渡した。

それから二カ月後のことだった。

合コンで先に帰ったあの子から、

待望のメールが届いたのは。

僕は毎日毎日ずっとメールを

待っていたけれど、

さすがにもう来ないだろうと

あきらめかけていた。

床屋にも二回行ったし、

髪型も二回、ちょっと変えた。

ひげも少しだけ伸ばし始めた。

件名〈こんにちは〉。

〈アドレスおそわりました。

この前の飲み会で、

いっしょだった者ですけど〉

彼女からのメール。

件名〈メールありがとう〉。

〈話もしなかったけど、

僕のこと覚えてますか?〉

僕からの返信。

〈まゆげ〉

というのが、

彼女からの次に届いたメールの、

件名だった。

眉毛かっこいいですね、

と言われるのかと思って、

どきどきした。

美容師をめざす女の子だから、

他人の眉毛とか髪型とかに、

人より敏感なんだろうし。

が、メールの続きは、ちがった。

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