R-18初恋小説『ジジジジ』作=枡野浩一


初恋は「おててつないで」歌いつつ野道を歩く少年少女


本作『ジジジジ』は、2004年にUPLINK FACTORY他で上映された、ピンク映画監督・佐藤吏 satou osamu 氏による同題の映画(原案=枡野浩一、脚本=佐藤吏×枡野浩一)のエピソードをふくらませて再構築し、アンソロジー『初恋。』(ピュアフル文庫)のために書き下ろした短編小説です。その後、2013年にcakes( https://cakes.mu/series/868 )に転載。このたびcakesのご厚意でcakesと同じ会社が運営するnoteにも掲載します。3部構成のうち、映画の原案部分を含む第1部を、無料公開します。第3部は、小説版オリジナルです。


1(健太)

 江ノ島の海が目の前に見えたとき、自販機で「あったか~い」の缶コーヒーを二本買ったら、三本出てきた。

 小銭は二本分しかいれてないから一本トクしたことになるわけだけど、一本を恵さんにあげて、一本を俺が飲んで、最後の一本はやっぱり持て余してしまった。

「むかし、当たり付きの自販機ってあったよね。ボタンを押してクジに当たると、もう一本好きなジュースが買えるってやつ」

 恵さんが空き缶を捨てるときに、白い息を吐いて言った。

「ありましたね。俺の友達に、三回に一回は当たりが出るっていうやつ、いましたよ」

「えー、あたしあれ、当たったことないよ?」

「俺もないっすよ。そいつ、俺と一緒にいるときにも当たったことあって……。三回に一回っていうのは大げさかもだけど」

 当たり付き自販機は最近、見なくなった。なにか事故でもあったのかなと思いながら、少しぬるくなってしまった二本目を飲む。

「その人、ものすごく運がいいんじゃない?」

 恵さんは時々、「運」の話をしたがる。運がいいとか、悪いとか。

 恵さんとデートしてる今の俺のほうが、よっほど運がいいっすよ! そう言いたくなったけれど、ガキっぽく思われてひかれてしまうのが怖くて、言えなかった。

「こんなしょぼいことで運をつかい果したくない、っていつも言ってました」

 そいつは星野という名前で、中学のときの親友だったんだけれど、今は音信不通だ。

 江ノ島に行きたいと言ったのは恵さんで、理由は「いかにもデートみたいなデートをしたいから」だそうだ。

 俺が高校生だから気をつかってくれたのかと最初は思った。

「デートらしいデートって、したことないの」

 って淋しそうに言われると、その言葉は嘘ではないのかもしれないとも思った。ずっと、わけありの恋愛でも、していたんだろうか。

 恵さんは三つ年上の二十歳。小さな会社で事務をやっているという。それ以外のことは、あまりよく知らない。恵さんが話したがらないことは、無理にきかないようにしているのだ。

 鎌倉駅で待ち合わせして、江ノ電に乗ってここまで来た。俺は恵さんと一緒なら、どこでもよかった。電車に乗ってずっと話しているだけでも楽しいし。

 恵さんと最初に出会ったのも電車の中だ。

 俺は基本的には自転車通学なんだけど、夏の終わりにチャリを盗まれて、電車で学校に行っていた時期がある。そのころ、よく同じ車両で見かけるようになった。

 いつもうつむいて本を読んでいて、淋しそうな感じだった。笑った顔が見たいなと思っていた。

 手紙なんて今どき流行らないけど、ほかに方法が思いつかなかった。携帯のメールアドレスを書き添えて、自分の名前をちゃんと書いて、「話したこともないのに、好きになってしまいました。今度ちょっとでいいんで話してくれませんか?」と書いた便箋を封筒にいれて、手渡した。そんな短い文なのに、何度も何度も書きなおして、徹夜で仕上げたのだ。

 最初のデートのとき、なんで連絡くれたのか恵さんにきいてみたら、

「いかにもラブレターみたいなラブレターだったから」

 って笑った。笑っても少し淋しそうなんだなと思った。そのときも、普通でない恋愛をしてきたひとなのかもしれないと想像した。

 恵さんと俺は、冬の海でサーフィンしている人たちを眺めつつ、あたりさわりのない会話をして過ごした。

 俺が全部おごりますと宣言していたせいか、恵さんはマクドナルドのフィレオフィッシュが食べたいと言った。バイトもしてるし、もっと高いものでも大丈夫すよと言ってみた。

「食べたいものがあるときには、あたし、遠慮しないから」

 って、まっすぐ見つめられたら同意するしかなかった。

 寒かったけどコーヒーはさっき飲んでしまったし、ふたりとも飲み物はコーラにした。俺はチーズバーガーを二個。ビッグマックを一個買うより、食べやすいかと思って。

 ベンチに、少しだけ距離を置いて並んで腰かけて、二人のあいだにポテトとか置いて食べてた、そのときだった。

 ひゅーっと大きなものが空から落ちてきたかと思ったら、ばさばさっと羽ばたいて、恵さんの手のフィレオフィッシュを一瞬で奪って、また空へと戻っていった。

 鳶(とび)だった。ケガはなかったけれど、野生動物が突然ニアミスしたことには二人とも度肝をぬかれて、数秒間絶句していた。

 それから顔を見合わせて、すごく可笑しくなって、しばらく笑い続けた。なにより可笑しかったポイントは、俺の最近やってるバイトが、「鳶」だってことだ。

 

 三度目のデートでやらないと、そのカップルは友達同士で終わる。

 そんな噂話を俺はすごく意識していた。きょうこそはホテルに誘うぞと張り切っていたんだけれど、恵さんのほうから帰り際に誘ってくれて、びっくりした。

「ラブホテルに行ってみようよ」

 いいんすか? って俺が念を押したりすると、冗談にされてしまいそうな気がしたので、

「はい……」

 って答えて、それから無言で歩いた。自慢じゃないが俺は童貞なんで、ラブホテルに行くのも初めてだ。

 たどりついたそこは、あんまりお洒落な雰囲気じゃなくて、

「いかにもラブホテルって感じすねえ……」

 先回りして俺がそう言ったら、

「未成年者を連れてくると、淫行になるのかな?」

 とか、入り口のところで恵さんが言いだした。

「や、それはオヤジとかが女の子を連れてきた場合っすよ」

 慌てて、よくわからない理屈を口走ってしまった。金は俺が払うつもりだったのに、恵さんがそれをとめて、ささっと払ってくれた。

 恵さんはラブホテルのシステムにも慣れてるみたいだったけど、部屋に入ってからは無口になった。俺が備えつけのテレビをつけてみたり冷蔵庫をあけてみたり、

「カラオケあるんすねー」

 とか不自然に面白がってみたりしてたら、恵さんが棒読みな感じで、

「シャワー、先に浴びてきて」

 って言った。先生に指示されて生徒が従うみたいに、

「はい」

 ってシャワーを浴びた。コンドームを用意してきただけじゃなくて、コンドームをつける練習もしてきた。でも、初めてじゃないふりをするのは無理だと思った。

 ホテルの部屋の中で、そこだけ最近改装されたみたいにシャワー室は新しかったけど、壁に大きな鏡が貼ってあって、はしっこのところに少しヒビがはいっている。

 鏡の中に見える、緊張して上向きになったちんちんが、なんだか馬鹿みたいだった。水泳部とバイトで鍛えて割れた腹筋とかが、さらにまぬけさを強調している。

 どんな格好で出ていくのが正しいのかわからなかったけれど、下半身にバスタオルを巻いて、上半身は裸のままシャワールームを出た。

 恵さんは何も言わずに、俺といれちがいにシャワーを浴び始めた。

 一人でベッドに腰かけて、服を着るべきか迷って、いったん上にTシャツだけ着てみて、また脱ぐことにした。

 あかりのスイッチをいじって部屋の薄暗さを調節したりして、やっぱ何か着ようかなと思い始めたとき、バスタオルを胸から下に巻いた恵さんが出てきて、俺の隣にすわった。恵さんの肌は真っ白だった。

「俺、初めてなんです」

 事前に宣言するのは卑怯かもと思っていたのに、つい、言葉が出てしまっていた。

「あたしも……」

 恵さんが言った。

 え……と意外に思ったけれど、もちろん声には出さなかった。

 キスは二度目のデートで経験済みだったのに、この場でキスするのには、ものすごく勇気が必要だった。それからこわごわと、恵さんの全身を抱きしめるようにして、今まで見聞きしてきた「セックスのやりかたの知識」を総動員して、やった。

 最初、コンドームをつけるときに射精してしまって、すごい気まずかった。すぐにまたコンドームをつけられる状態になって、二度目はどうにか挿入できた。

 恵さんは薄暗い中で痛そうにも、気持ちよさそうにも、泣いているようにも見える表情で、時々ちょっとだけ吐息をもらした。

「恵さん……。好きです」

 って言おうとして、名前を言った瞬間に果ててしまったから、「好きです」は心の中で言った。

 恵さんは、

「健太くん……」

 って俺の名前を、珍しく呼んでくれた。果てたあと抜こうとしたら恵さんは、俺の首筋のあたりに顔を押しつけて、しばらく動かなかった。俺はコンドームが抜けてしまわないか、気が気じゃなかった。



2(恵)

 「あの……。これ……。手紙です」

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R-18初恋小説『ジジジジ』作=枡野浩一

枡野浩一(歌人)

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