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『「ガラス」と一緒に生きた父』文=枡野浩一【初出「文藝春秋」2015年7月号】※無料公開

 私はピンク・レディーとキャンディー

ズの区別がつかずに友達に笑われたこと

がある。テレビをほとんど見ない幼少期

を過ごしたせいだ。父が厳格でテレビは

もっぱらNHKだった。のちにNHKに

ばかり出演する歌人になってしまったの

は、そのせいかもしれないと思っている。

亡くなる直前の阿久悠さん(ピンク・レ

ディーの作詞家)にインタビューしたと

き、そう告白したら絶句されてしまった。

 NHK紅白歌合戦は家族で見た。「あ

みん」という女性二人組が紅白に出た年

があった。その風変わりなユニット名は、

さだまさしの人気曲『パンプキンパイと

シナモンティー』に登場する喫茶店「安

眠(あみん)」から付けられたというの

は比較的よく知られているエピソードだ。

しかし父は歌合戦を見ながら、「アミン

というのはアンモニアの水素原子を炭化

水素基で置換した化合物の総称で」と真

顔で説明するような人だった。本当です。

 父は光ファイバーの研究者だった。昔

『匠の時代』(内橋克人著/講談社文庫)

という本に父の名前を見つけたことがあ

ある。「ガラスと一緒に死んでくれ」と

父が部下たちに言ったと書いてあった。

光ファイバーがガラスで出来ているとい

うこともよくわからなかったし、まさか

自分が生きているうちにそれが実用化さ

れるとも思っていなかった。理系の話に

しか興味がない父が私に「限りなく透明

なナントカを書いた作家は一発屋だった

んだろ?」的なことを言ったことがある。

お父さん、『限りなく透明に近いブルー』

(講談社文庫)を書いた村上龍なら今も

人気作家で、テレビにもよく出ています。

 父は社会人になってから草野球でアキ

レス腱を切ったことがあるくらいスポー

ツが好きで、その資質は姉にしか遺伝し

なかった。私も父くらい運動ができたな

『僕は運動おんち』(集英社文庫)な

どという暗い青春小説を書かない人生を

過ごせたかもしれない。グローブや金属

バットを買い与えても一向に興味を示さ

ない女の子みたいな息子に対して、どん

な気持ちだったのかと想像するようにな

ったのは、自分に子供が出来てからだ。

離婚してから十年以上会っていない息子

も、似てほしくない箇所ばかり私に似て

いるかもしれないが、あきらめてほしい。

 両親のパロディとして子は生まれ 

 どこまでずれていけるんだろう 




父の若い頃の写真が出てきました。私をしゅっとさせた感じだ。私とちがって運動も勉強もできたようなのでモテたことでしょう。

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