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香港旅 やさしい人が多い街、香港

豚まんを食べ終わると時刻は午前8時を指していた。香港国際空港の到着ロビーは、各国からの旅行客が少しずつ増えてにぎやかになってきている。見た所、中国本土や欧米からの旅行客が多いようだった。日本語はまったく聞こえてこない。その頃になると他の飲食店も開いていて、おかゆのお店や麺のお店が盛況になっていた。日本の醤油とは少し違った異なった匂いがあたりに漂い始めていた。その匂いによって「異国の地」に来ているんだ・・・ということを改めて思った。広東語や英語ばかりが耳に届いてくると、自分は「独り」であるということを強く認識させられた。心臓の中心にスッと冷たい空気が流れたような気がした。

そろそろ街に出かけよう。

今回は2泊3日という短い旅ということもあってタイムパフォーマンスを重視して、街の中心へは「エアポートエクスプレス」という高速電車を使うことにした。日本にいる間に、エアポートエクスプレスのチケット、それから香港のsuicaのようなIC カードである「オクトパスカード」を予約しておいて、空港到着ロビーの一角に設置されている受け渡しカウンターに向かい、オクトパスカードを受け取る。エクスプレスはスマホにQRコードが届いて、それですぐに乗れる。便利。カウンターの受付のおばさんが、写真付きの説明書を見せながら英語でオクトパスカードについてあれこれと説明をしてくれる。帰りにカードを返却すればデポジットも戻ってくるということだった。でも、カードは記念に日本に持って帰るつもりだし、もし香港が気に入ったら再訪するときにまた使えるから大切に取っておこうと思う。自宅に置いてある各種のカードホルダーには台湾の「遊悠カード」とタイの「ラビットカード」が大切にしまってある。そういえば、ラビットカードは2019年にベトナムで一緒に遊んだ上海に駐在している友達に借りたものだった。いつか返しに行かなきゃな。

香港エクスプレスの乗客乗り場

エアポートエクスプレスに乗って「香港駅」まで30分。乗車する前にトイレを済ませておこうと思って、空港のトイレに向かうと「掃除中」の黄色の看板が立っていた。日本でもよくある看板だ。それを見て使うのを諦めようかと思ったのだけれど、他の利用客はかまわずトイレの中に入っていく。「そうか。掃除中だから気をつけて使ってください」というような意味合いの看板なんだなと思った。僕も他の利用客の後に続いた。しかしながら、いざ、用を足そうとしたときに、掃除のおじさんらしき男性が僕の方に"手をひらひら"させながら近づいて来た。そのジェスチャーが僕には「ダメだ、ダメだ、使っちゃダメだ」というように見えた。「そうか、やっぱり使っちゃダメだったのか」と僕は思って「Sorry,Sorry」と外に出ようとした。おじさんの「No,No,ジョウサン、ジョウサン」とまた"手をひらひら"させている。どういうことかまったくわからず、「Sorry,Sorry,I will get out.(出ていきます)」と伝える。するとおじそんは眉間に皺をよせて「NO!ジョウサン!OK!!」と便器を指差しながら大きい声で怒鳴られた。僕は"そんなに怒るなよ〜。まだしてないよ〜。便器汚してないよ〜"と、頭の中で弁解をしながらトイレを去った。おじさんは不思議そうな顔で僕をずっと見ていた。

エクスプレス車内

あんなに怒ることないやん・・・と思いながら、他のトイレで用を済ませて「エアポートエクスプレス」に乗り込む。エクスプレスはきれいな車内で、まるで日本の新幹線にようにゆったりとした座席だった。飛行機で凝り固まった身体を座り心地のよい座席で乗車時間の間いたわることにした。それにしても、あのおじさんは何を言っていたんだろう?そう思って、僕はインターネットでかろうじて彼から聞き取れた言葉である「ジョウサン」という言葉を調べて見た。その検索結果を見て、僕は合点が行くと同時にあのおじさんに申し訳ないことをしたなぁ、と思った。

僕が聞き取れた「ジョウサン」はジョウサンって言っているのではなく、「早晨(jóusàhn)」発音としては「チョウサン」、つまり「おはよう」と言ってくれていたのだ。おじさんは手のひらをひらひらさせて「ダメだ」とやっていたのではなく、「やぁやぁ」と手を振りながら挨拶をしてくれていたのだ。僕の早合点もいいところだった。挨拶してくれただけだったのか。理解ができなくて申し訳ないことしたなぁと思った。広東語で「おはよう」は「チョウサン」と言うのか。台湾では「早安(ザオアン)」と言うのだけれど、中国語でも色々あるんだなぁと勉強になった。広東語と北京語、台湾語はやはりまったく違う。異なる言語と言ってもいいかもしれない。


それにしても、これから用を足そうしている人間に日本なら挨拶はしない。用を足す時間というのは限りなくプライベートな時間なので、そこに人がいてもいないような態度を取るのが改めて日本的だなと思うけれど、よくよく考えるけれど目の前に人がいるのにその人をまるで無視するような態度を取る方がどこか「変」な気がした。その前提が僕の早合点を招いたのだけれど、国による文化の違いが人を不快にさせることもあるのでこの出来事は心に留めておきたい思う。

例えば、アメリカでは(他の場所もそうかもしれないけれど)エレベーターの中で知らない人と一緒になった"声をかけるのがマナー"である。特に相手が女性であれば、自分は危険ではないということを示すためにも、何かの会話をすることが求められる。僕もシアトル、ポートランドでのホテルなどでは必ず声をかけられた。当時はそのマナーを知らなかったから、毎回声をかけられることに戸惑いはあったのだけれど慣れるとその方が安心だった。日本では、知らない人には声をかけない。それは、ある種の気遣いであり、心遣いである。どっちが正しくて、正しいとかではなく、それが文化の違いであり、在り方の違いである。観光地を訪れることも旅の楽しさかもしれないけれど、そういう地味だけど隙間に入り込む文化の方が、旅の醍醐味のように思う。

そんなことを考えながら、乗車時間の30分という時間があっという間に過ぎていき、あっという間に「香港駅」に到着した。エアポートエクスプレスの専用駅は人はまばらでとても静かだったけれど、地下鉄駅「MRT」の方に行くととんでもない人の流れだった。時刻は午前9前、曜日は月曜日。週明けのラッシュタイムだった。まるで、東京駅や新宿駅のように濁流と表現できるほどの人の流れに呑まれた。自分の足で歩いているのだけど、向かう方向をコントロールできない。少しでも立ち止まろうもんななら、おそらくドミノ倒しがおきてしまう。それほど、早く重量のある人の流れだった。

とりあえず地下鉄に乗り込もうと、歩きながらさっき手に入れたオクトパスカードを手にして改札に向かう。知らない間に「香港駅」から「中環駅(セントラル)」に着いていた。早歩きで歩きながら目の前に見えて来るMRTの改札を観察して、空いている改札を向けて、そこに突っ込んでいく。後ろから来る人たちの流れを止めてはならない。香港のビジネスパーソンたちにイラっとされたくない。怖い。僕は「東京で慣れてるもんね」と誰にも求められているわけでもない虚勢をはって、改札に突進してICカードをタッチする。香港の改札は扉式ではなく、動物園や水族館でよく見る金属の回転式の入り口だった。タッチを済ませて前に進もうとするのだけれど、その金属のバーがビクともしない。何度もICカードをタッチしても、改札の表示は反応しないし、バーは動かない。あぁ!後ろの人に怒られる!と思って、後ろを振り返ると誰もいない。後続の人は誰もいないのだ。不思議に思うと、眼鏡のスーツのおじさんが「Sir!No,Here.(そっちじゃない、こっちだ!)」と隣の改札に呼んでくれた。よく見ると、僕がいるのは「出口専用改札」だったのだ。そのおじさんは、僕がそこにたどり着くまで、そこにいてくれて「Go ahead,Tap on Here.(お先にどうぞ、ここにタッチするんだよ)」と教えてくれた。改札をくぐりぬけると「Where do you want to go?」と聞いてくれ「Joudan Station」と答えると「Red line!」と教えてくれた。おじさんはそのまま「Good day,byebye」と告げてそのまま足早に去っていった。かっこいい。ありがたかった。日本に来られている海外の方にも、同じようにしたいなと思った。彼のおかげで香港はいい人でいっぱいなんだ、という印象になっているんだもの。

あのおじさんが教えてくれた赤色ラインの荃湾(せんわん)線に乗るために、エスカレーターが乗って下の階へ。香港のエスカレーターは噂通りにとても早かった。人の流れに呼応するように、エスカレーターも速い。その「速さ」を目の当たりにした時に、東京よりも経済成長率の高い香港の所以が見えた気がした。

おじさんとの短いコミュニケーションをしてテンションが上がってしまった僕は、まずは"ホテルに荷物を置いて"と考えていた計画は消え、そのまま「尖沙咀駅(チムサーチョイ駅)」にいくことにした。ホテルを取った「佐敦駅(ジョーダン駅)」の隣の駅で、まさに香港の中心地。香港に到着したら、まず見たいものがあった。「重慶大厦(チョンキンマンション)」である。沢木耕太郎「深夜特急」から香港への興味が始まっているのだから、重慶大厦から始めるのが礼儀なような気がしていた。

尖沙咀駅に着いて地上に出て見ると、いきなり香港らしい二階建てバスが目の前に現れた。「香港きた〜!」と否が応でもさらにテンションが上がった。ものすごい人だった。よそ見をしていると人とぶつかってしまう。約20年前に上京して、渋谷を歩いた時に感じ緊張感と似たようなものを感じた。

さてさて、重慶大厦。どこだ。重慶大厦。なんてぶつぶつ考えながら歩いていると、いつのまにか通り過ぎていた。地下鉄からの出口のほぼ目の前だったのだ。急いで来た道を引き返すと、あった!

重慶大厦!ここで沢木さんの「深夜特急」の旅は始まったのか。あの沢木さんもここに泊まっていたんだ・・・。そう思うととても感慨深かった。

ちょっと余談だけど、"海外に一人旅なんて怖くないのか?"と良く聞かれるけれど、極論だけど怖いし不安だからこそ1人で出掛けるのだ。ただ楽しいだけの旅に、少なくとも僕にとって意味はない。

そんなことを考えながら、いよいよ香港旅が本格的に始まる地点に立つことが出来たことにこれ以上にない興奮を覚えていた。

(続く)

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