ADHDの自分が何かを継続できた経験について考えてみる

自分が幼児期にADHD(注意欠陥多動性障害)の診断を受けていた、ということを知ったのは今から数年前のことである。

しかし、当時はまだ服薬に対する忌避感が強かった時期だったらしく、診断は受けたものの、服薬はせず、もっぱら認知や行動に対するアプローチをとることになった。

覚えていることを思い出すと、親は「はみがき」とか「しゅくだい」とか「あしたのしたく」とか書かれたボール紙にヒモを通し、それを首にかけて、クリアできるまで外せないというような仕組みをつくるなど、多大な努力を自分の障害に対して払っていた。

当の自分は、そういう努力とはまったく馴染めずに、首にかけたボール紙も面倒になると、こっそり首から外していた。

これらの努力はなぜうまく行かなかったのか。これは結局いま成長した自分が直面している問題群とも関連があるのではないだろうか。

逆に成功例もある。

小学生のころ、どうしても任天堂のゲームボーイアドバンスが欲しかった時期があった。近所の子どもはみんなポケモン(当時はルビー・サファイアが流行していた)をやっているのに、自分だけは持っていない。そのことは幼心に非常に大きなコンプレックスを与えた。

今思えば、自分がゲームにのめりこんで他のことを疎かにしないか、と心配した親の配慮だったのだろう。立派なスマホ中毒になってしまった今となっては、残念ながら意味のないことであった。とても、もうしわけなくおもっている。

当時に話を戻すと、ハンダ少年はゲームボーイがほしい、と親に直訴した。その時、親は「ならば働け」と方眼紙を渡してきた。ルールは簡単で、方眼紙のマス1つが10円に換算され、例えば、近くの商店に買い物に行けば3枚、少し遠くのエンテツにお使いにいけば10枚、宿題をちゃんとやれば1枚、というように、マス目を埋めるシールが支給され、そのシールの数がゲームボーイとソフトの価格と釣り合った時、それらを買い与えよう、というものであった。

今となれば、一番必死に働いた経験だったろう。スキをみつけてはお使い、風呂掃除、米とぎ、台拭きを請負い、テストも高得点を取り続けた(こっちは国語の漢字以外は全く努力せずとも満点を取ることは造作もなかった)。

この努力の末に、数ヶ月の後、ハンダ少年は念願のゲームボーイアドバンスSP(報酬がレベルアップしていた!)を得たのである。そのときの達成感は今でも覚えている。(余談ではあるが、ものの数ヶ月で遊んでいる最中に誰かに盗まれてしまった)

これらの2つのパターンを比較すると、どういうときに上手くいくのか、ということが明らかになってくる。

・短期的および長期的な報酬
・報酬の管理は自分ではなく、他人に管理される必要(これはその後同じようなことを自分でしようとして失敗した経験も背景にある)
・行為そのものを目的化することは難しい (「歯磨き」する、ではなくて、「歯磨き」するから快・不快の報酬・懲罰があるという形でないと行為を定着させることができない)

これらの行動基準は基本的に、その行為が必要であるか、そうでないか、に基づいておらず、自分が短期的、長期的に快を得られるか、それを他人によってペースメイクされているか、という点によっていることは注目できるだろう。だから、案外どのバイトも大体長く続けられるのである(なんだかんだ勤続3年目に)。

こうなったときに今、大学院生である自分が忍耐力を必要とする研究や勉強を継続して遂行できない、という現在の問題を解決するにあたって、第一に必要なのは「自分に報酬を与えてくれる他者」である、ということになる。

じゃあ、そんな都合のいい存在がいるのか、って話になって難しいよねえってのが、今日のひとまずの結論。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?