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ギターの神はかく語りき (7)

【承前】


固まる俺を前に彼女は突然笑い出した。

「アッハハハ!いきなりごめんね。悪いけど外から見てたよ。
もちろん声は聞こえなかったけど。あの野郎相変わらずなんだね」
「あ、あの野郎?」
やっとのことで声が出た。裏返りやがった。カッコ悪い…。

「顔だけは綺麗なんだけどねー。あいつアタシの元彼

真顔になる俺。
それを見てまたカラカラ笑う彼女。

「ライブ見たよ!お兄さんすっごいね!惚れたよ!
アンタならアタシについてこれる。アタシのほうがついてくの大変かも。
だからやろう!バンド!」

今「惚れた」って言った!?
(((おまえじゃなくておまえのギターの腕にだぜ)))
すかさず神様の声が脳内に響く。
んなこたわかってら!

「聞いたでしょ?あいつ前もギタリストと揉めたって。そのギタリスト、アタシ」

俺、真顔再び。
彼女は受付横の自販機でコーラを2本買うと、俺に1本よこし、ギターケースを下ろしてベンチに座った。

「あいつの言いようがほんっとムカついたからバンド抜けるついでに別れてやったよ。
なんかあいつさ、目指すものがハッキリしてるのはいいんだけどさ。
自分が絶対に間違ってないってちっとも疑わないんだよ。
何よりアタシが許せないのは、ヘヴィメタルをバカにしてるこったね!」

コーラでのどを潤し、彼女は続ける。

「蛮族の音楽だとか暑苦しいとか人気出ないとか。さっきも言ってたんじゃない?
人の好きな音楽バカにするのも大概にしろっての!ねえ?」

彼女が急にこちらに向き直ったので、俺は危うくコーラをこぼしかけた。

「お兄さん絶対メタルやるべきだよ!ていうかなんでしないの?好きなんでしょ?
お兄さんのギター聴いたら一発でわかるよ!めちゃくちゃメタル好きだよね!」
「好きか…」

俺はモテたくてギターを始めた。
音楽自体は好きどころか興味もなかった。
俺のギターがハードロックだかヘヴィメタルだかに寄ってしまうのは、ギターの神様がそればかり俺に仕込んだからだ。

だけど。
俺が生まれて初めて作った曲は。
弾いていて一番楽しいと思える音楽は…

「そうかも。好きなんだ、きっと」
「じゃあやるしかないね、アタシと!」

彼女が満面の笑みで手を差し出した。
俺はその手を取り、握った。
いつも冷やかしてくる神様は、なぜかこれ以上茶々を入れてこなかった。

「なー、本当にそれでいいのかよー」
「そうだよそうだよ」
その時、ガタガタと防音室の扉が開き、ツンツンたちが出てきた。
イケメンの不機嫌な目が彼女の姿を捉えた。

「ヘッヘヘ。アタシたちバンド組むから」
彼女は俺の肩に腕を回してニッカリと笑った。
ち、近い…!

「…どうせオレには関係ない。勝手にやればいいだろ」
「勝手にしますとも!そんでアンタより人気になってやる」
「あんな音楽で人気が出ると思ってるのか」
「この野郎ーッ!いいから黙って見てろっての!」
火がついたように喧嘩を始める2人を、ツンツンとモミアゲが必死で止める。

「おまえさ、」
俺は2人の間に割って入り、イケメンに向き直った。
「音楽、楽しい?」

「当然だ。楽しむために音楽があるんだ」
予想通りの答えが返ってきた。

「そうだな、おまえの目標は聴く人を喜ばせることだもんな。
でもそれって、おまえ自身が楽しんでないとできないことじゃないのか?
「それは…」

「俺さ、おまえらの仲間に入れてもらって、初めてライブもできて、楽しかったんだよ。
音楽やるってこんなに楽しいんだって、恥ずかしいんだけど初めて知ってさ」
「………」
「おまえらには感謝してる。でも俺は本当に自分が好きな音楽をやりたくなったから抜ける。
音楽が楽しくなったから。それはおまえらが気付かせてくれた。ありがとな。
だからおまえもさ、音楽もっと楽しめよ」

「そうだよ!」
唐突にツンツンが大声を出し、驚いた俺・彼女・イケメンは同時にそちらを向いた。
「俺も相棒もおまえとライブするのが楽しいから一緒にやってるってわかってんのかー!
おまえ盛り上げるのすごく上手いし、おまえの曲だって覚えやすくてオーディエンスと歌ってもっと楽しいんだぞ!
おまえはすごいんだ!マジすごいから、ちょっとぐらい肩の力抜けよなー!」
「そうそう!なんか追い詰められてんなら俺たち頼ってよ!頼りないかもだけどバンド仲間なんだからさ!」

言いたいことを言いきったツンツンとモミアゲはゼーハーと肩で息をしている。
2人に空気を一気に変えられてしまったな。さっきまで臨戦態勢だった彼女なんてもう涙出るほど笑ってら。
「アッハハハ!言うようになったじゃーん!金魚のフンかと思ってたけど」
「えぇーっ姉貴ひどい!」

やれやれと俺は後ろを振り返った。
そこには、耳をほんのり赤く染め、眉をハの字にして困ったように笑うイケメンがいた。
こいつこんな顔できたんだな。
全く顔がいい奴は困る。ちょっと笑うだけでなんて破壊力だよ。


【エピローグへ続く】

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