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ザ・ソウル・メイド・ウィズ・ヘヴィ・メタル

 ネオサイタマ───ここは繁華街のひとつであるヨリマツ・ストリート。
立ち並ぶ雑居ビル、『スゴイコレ』『旺盛!サービス』といった文言を躍らせたきらびやかなオイランハウスやバーに埋もれて、その店はあった。

 一階バー入口の脇に掲げられた、小さな、しかしどこかどっしりとした存在感を放つ看板。そこには『メタルショップ 咆哮』の文字と斜め下向きの矢印があり、矢印の先には地下へと続く狭苦しい階段がある。その店はまさにネオンに埋もれるような格好で存在した。
 階段を下り扉を開くと、腹に直接響くような重低音に出迎えられる。店内の壁にはヘヴィメタルバンドのポスターが所狭しと飾られ、棚にはCDがぎっしりと陳列されている。バンドTシャツや鋲付きの革製ジャケットの類いも売られており、まさしくメタリストのための店といえた。

 カシラ・トボロは『咆哮』のオーナーだった。熊のような大男であり、スキンヘッドに蛇のタトゥーを施した彼を一目見たらば、震え上がる者がほとんどであろう。
 だが彼にとっての幸せは、日々実直に仕事をこなす中で、訪れる客との他愛ないやり取りを楽しむことだった。

「それじゃあオタッシャデー」「おう、オタッシャデ」
 今日もカウンターでささやかな会話を交わし、カシラはまた一人になった。
 ここに来るのはほとんどがヨタモノめいた若者だが、時折近所で働くオイランや、ごく稀だがカチグミめいた若いサラリマンも訪れる。
 ヨリマツ・ストリートは治安が良いとはいえぬが劣悪ではない。だがヘヴィメタルすなわちヨタモノが聴く音楽であるとのイメージは根強く、カチグミがそのような趣味を周りに悟られれば、たちまち彼の評判は地に落ちるだろう。それでもオフィス街区からこっそり来店する者は確かにある。
 だがカシラにとっては、客のステイタスやらクラスなどは問題でない。ここに来る者は皆、心の底からメタルを愛している。無論カシラ本人もだ。
メタルを愛する者同士、垣根はない。それがカシラのスタンスだった。

 大音量BGMの中、棚の整理でもとカウンターを出ようとしたその時、衣服に大量の缶バッジをつけた痩せぎすの中年男が入店した。
「ドーモ」「ドーモ、ランギノ=サン。『狂い蜂』の新譜入ってるぞ」
 言い終わらぬうちにカシラはカウンターの奥の棚を漁り始めた。
 「実際いいタイミングだったな」ランギノと呼ばれた男は嗄れ声で笑った。「頼んでもねえのに取り置いてくれてンだもんなあ」
「おめえさんいつもこいつらの新しいのが出たら買ってくだろが。せっかく来てくれて売り切れましたじゃ格好がつかん」
「ハッハ、そりゃそうだがな。『狂い蜂』はもうベテランの域だし、ドゥームメタルなんて重々しいやつなんざ若いのは好かねえんじゃねえか」
 からから笑うランギノに、真新しいCDを持って振り返ったカシラは言う。
「それがそうでもねえんだ。もう9枚売れてる。今朝並べたばかりなのにだぞ」

「俺も好き!」ほー、そいつは嬉しいねというランギノの返事は、甲高い声に掻き消された。二人の中年は反射的に辺りを見回す。数秒ののち、ようやく彼らはその声がランギノの腰の辺りから聞こえることに気付いた。声の主はカシラをまっすぐ見、キラキラと目を輝かせていた。

「小僧、いつの間に…」「リュウゴだよ!リュウゴ・シギ!」
 驚く二人を尻目に、リュウゴと名乗った少年は店内を跳ね回り始めた。
「俺、『アラシヨビ』のほうが好きだけど、『狂い蜂』は他と違う音だから好きだぜ!『アラシヨビ』は今かかってる『駈けよ龍』が一番好き!」
 少年はさも楽しそうに笑うと、洗練された高速ギターリフに乗ってボサボサの髪を振り乱した。彼は薄汚いTシャツを着、体のあちこちに生傷を作り、裸足であった。年の頃は10歳にも満たないだろうか。お世辞にもまともな環境で育っているとは思えぬ出で立ちであった。

 この奇妙な少年が『咆哮』に入り浸るようになったのはそれからだった。毎日、開店から閉店まで、飽きもせずスピーカーから響く音に飛び跳ね、CDやTシャツを眺めては目を輝かせていた。
「ここは天国だ!いいな天国!」と笑う少年はやはり破れかけの薄汚い服を着ていた。

 1週間ほど経ったある日、開店時刻にいつものようにリュウゴが現れた。しかしその体にはいつにも増して痛々しい傷が目立ち、顔には痣があった。
「どうした」
 リュウゴはTシャツの裾を握りしめて俯いたまま動かない。カシラはリュウゴに近づき、ボサボサの頭に手を置いた。
 それがトリガーとなったのか、リュウゴは嗚咽を漏らし始めた。懸命に泣くまいとしていたが、涙がポロポロと落ちてきた。
「ウウッ…母ちゃ、久々にっ…帰っ…のにっ…知らない、奴、…来て、ウッ…俺を、殴った…アアア!」
「……そうか。よくここまで泣かずに来た」
「俺だって!俺だって一発!くらわせた!」
 リュウゴは今やしゃくり上げながら大声で叫んでいた。
「おう、おう、えらいぞ」
 カシラは静かにリュウゴの頭を撫でた。リュウゴが落ち着きを取り戻すのを待って、カシラはおもむろに黒い布を差し出した。

 それは『アラシヨビ』のTシャツだった。リュウゴの腫れた顔が見る見る輝いた。
「いいの?いいの、これ?!」
「ああ。今日からおめえさんにここを手伝ってもらう。そいつはユニフォームだ。大事に着ろよ」
 カシラはニヤリと笑顔を作った。「その前に傷の手当だがな」

 上等なスーツを着たサラリマンが、珍しく雨の降りやんだ夜のヨリマツ・ストリートを闊歩する。この繁華街において、そのような服装は不注意であると言わざるをえない。『咆哮』に訪れるごく一部のカチグミも、野暮ったいブルゾンやレインコートで身なりを隠して来る。
 だがそれは単独であればの話だ。そのサラリマンは背後にボディガードを連れていた。ずんぐりとした体格、異常なほど太く巨大な前腕部と拳、筋肉質な体躯を包むジュー・ウェアめいた装束と、鼻の下を覆う武骨なメンポ…そう、ニンジャである!

 ハナキン・ウィークエンドの夜。酩酊した人々は、筋骨隆々たるニンジャが目の前を通っているのにさしたる注意を払わない。千鳥足の人々の間を器用にすり抜け、スーツの男はある雑居ビルの前でピタリと足を止めた。
 一階のバーからは若者らと思しき笑い声が騒々しく響いてくる。彼らとそう年齢が離れてはいないだろうスーツのサラリマンは、眉を不快そうに歪めた。彼はバーの入口脇に設置された看板を一瞥すると、踵を返し再び歩き出した。
黒くわだかまった雲から、雨が再び降り出した。

 リュウゴが店を手伝うようになって何週間が経過しただろうか。リュウゴは仕事をすぐに覚え、覚束なかった読み書きも少しずつできるようになっていた。当初彼を奇異の目で見ていた客にもすっかり可愛がられるようになった。リュウゴはカシラを「オヤジ」と呼んで慕った。
 カシラはそんな日々に満足していた。だがここ数日、ストリートに違和感を覚えていた。経営方針を急激に変更したオイランハウスがあったかと思えば、店名ごと全く別の店になったバーも見られた。唐突に閉店したタトゥーショップもあった。そこの店主とは旧知だったのだが…。

 とある日、仕事を始めようとしたカシラは雑居ビルの前で立ち尽くした。一階のバーがもぬけの空になっていたのだ。昨晩、店を閉めて出た時には賑やかだったバーが、一晩のうちに綺麗さっぱり畳まれていた。
降りしきる雨の中、カシラは言いようのない不安に襲われた。

「ドーモ」
 背後で突然声がした。弾かれたように振り返った先には、傘を差した小綺麗なサラリマンが立っていた。
 一瞬の間。
「テンジ…?」カシラの鼻先に名刺が突き付けられていた。テンジ・アトダ。
「お久しぶりです、カシラ・トボロ=サン」
「テンジ、おめえ、帰って…」「ビジネスです。私はもうずっと昔から、あなたの息子ではなくなっている」
 サラリマンはどこまでもよそよそしく言った。
「散々好き勝手生きておいておめでたい方です。母があの後どれだけ苦労したことか」
 カシラの表情が凍り付いた。

「時間がありませんので早速本題に入ります。ヨリマツ・ストリート一帯の物件を弊社ゴロギ不動産が買い上げることになりました。つきましては、あなたにも立ち退きを願いたく」
 ナムサン!何たる暴挙か!急激に姿を変えたストリート。頭を殴られたような感覚がカシラを襲う。

「……断る」
 カシラは今にもよろめきそうであったが、重く低い声を絞り出した。一瞬駆け巡った喜びにも似た興奮を、怒の一色で塗り潰した。
「ここは俺が20年守ってきた店だ。メタルの魂だ。易々と手放せるような代物じゃねえ」
 まっすぐにサラリマンの目を睨む。
 テンジは目を細めると、フーと溜息をひとつついて言った。
「やれやれ、そうおっしゃると思いました。どうにもここの皆さんは、ご自分さえ良ければ良いとお考えのようです」
「どういうことだ?」
「あなた方の存在がストリートのあるべき姿の妨げになっているのです。ここはオフィス街区からもアクセスが良く、整備如何によっては大きなマネーを生み出せます。そこでストリートを丸々ビジネスの場にするのです。ムーディーなバーや料理屋でのセッタイ、高級オイランによる癒しの提供。かように汚いヨタモノの街にしておくには勿体ない!」
「自分らさえ良けりゃいいと思ってンのはどっちだ」
 今やカシラは拳を握り震えていた。
「ストリートは、街は、カチグミだけのモンじゃねえ。ヨタモノ?いいじゃねえか。ヨタモノにゃヨタモノの文化がある。カネじゃねえ、魂だ!」
 一瞬、テンジの顔が嫌悪に歪んだ。

「そこまでおっしゃるならば仕方ありません。実力行使を致します」「イヤーッ!」
 CRAAASH!ビル屋上からカラテシャウトと共に着地したその者は、重々しくアイサツした。
「ドーモ、メガトンナックルです」
 丸太めいて太い両腕を胸の前で構える。
「ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」
 カシラは面食らい、後ずさった。
「弊社のニンジャです。彼の鉄拳を浴びれば、いくら巨漢のあなたでもひとたまりもないでしょう。最後のチャンスです。立ち退いてはいただけませんか?」
 テンジの酷薄な目が急性NRSに陥ったカシラを見据える。

 目は見開かれ、体は震えていたがしかし、カシラは恐慌に陥るのを必死で堪えた。
「くどい…!」そして震える拳を握り、まるでヨタモノが喧嘩をするような構えを取った。「ニンジャでも何でも来い!」
 テンジは、先程よりも露骨に顔を歪ませた。
「頑固もここまで来ましたか。だから嫌いなんだ…。メガトンナックル=サン。お願いします」「ヨロコンデー!」
 メガトンナックルがカシラ目がけて突撃!「イヤーッ!」「グワーッ!」
ナムサン!巨大な拳から放たれるボディブローに鳩尾を抉られ、カシラの巨体が吹き飛ぶ!
 カシラは雑居ビルの壁に背中を強か打ち付けられた。
「オゴーッ!」たまらず嘔吐。テンジはゴミでも見るような目で見下ろし、言った。
「そこのバーの店主も頑固なものでした。タトゥーショップの店主も。愚かですね。あなたもすぐに彼らのもとに送って差し上げます」

「まさか…殺したッてのか…?連絡が取れねえと思ったら」
 カシラのスキンヘッドに血管が浮いた。
「おめえらのくだらねえカネ儲けのために?」
 立ち上がる。
「テンジよ…人の魂の重さもわからなくなったのか!」
 一歩。カシラはニンジャとサラリマンを睨みつけた。

「魂、魂とうるさいな」「イヤーッ!」「グ…グワッ!」
 二歩目を踏み出したカシラの太い首をメガトンナックルが鷲掴んだ。
「それが母さんと僕を不幸にしたんだ。アンタのような男の血が自分にも流れている!一生消えぬ恥だ!くだらん蛮族の文化とやらと一緒に滅べ!」
 マンリキめいて締め上げられ朦朧としたカシラの耳に、先程までのよそよそしさをかなぐり捨てたテンジの叫びが届く。
「俺ァ…おめえに…、強い魂を…持った男に…なって欲しかった。だがまア…俺ァ駄目な親父だ…テンジ、」
 カシラの意識が白く飛ぼうとした…その時だった。

「オヤジ!!」
 降りしきる重金属酸性雨に、幼い少年の声が響いた。

「何してんだ…?オヤジに…お前ら…何だ?ニ、ニンジャ…!?」
 急性NRSを引き起こし、その場にへたり込みそうになるリュウゴ。おお、ナムアミダブツ!ニンジャとメガコーポの前に鋼鉄の魂は為す術なしか!
 だがその刹那、リュウゴに気を取られたメガトンナックルの指がわずかに緩んだ。カシラはありったけの力を拳に込めると、「イヤーッ!」荒々しいアッパーカットを繰り出した!
「グワーッ!?」命中!よろめくメガトンナックル!カシラは拘束から逃れ、距離を取ろうとした。
「イヤーッ!」「グワーッ!」
 しかしそれは叶わず、踏みとどまったメガトンナックルの右フックが横面に入ったカシラは真横に吹き飛んだ。彼は自分の骨が軋む音を聞いた。巨体が壁にめり込み、そのまま崩れ落ちた。
「テンジ=サン、見苦しいところをお見せした」顎をさするメガトンナックル。

「オヤジーッ!!」リュウゴは先程まで震えていたことも忘れ、弾かれたようにカシラのもとへ駆け寄る。
「オイ!何だよこいつら!しっかりしろよ!オヤジ!」「リュウゴ……」
 カシラの目はもはや見えていなかった。「クソーッ!」少年はニンジャとサラリマンを睨んだ。
 ナムサン!二人に向かって突撃するリュウゴ!何たる無謀か!その様をテンジはぼんやりと見下ろしていた。
 パァン!「ウワーッ!」ハエを払うような仕草。巨大な掌はリュウゴの小さな体を易々と飛ばし、十数メートル先の水溜まりの上に転がした。『アラシヨビ』のTシャツに泥水が染み込んだ。

「無駄な時間を使いましたね。さっさと終わらせましょう」「ヨロコンデー」
 メガトンナックルがカシラに近づく。カシラはもう体を動かすことができなかった。
「ヤメロ…ヤメロ…」泥と涙にまみれながら、しかし、リュウゴは倒れたまま動けなかった。痛みと恐怖。

「ハッ……。俺も…一発…くらわせたぜ…」
 カシラのその呟きを、果たしてリュウゴは聞いただろうか。
 ブンッ。メガトンナックルのダブル・スレッジ・ハンマーが振り下ろされた。カシラの脳天が割れた。巨体が地面に倒れ伏し、そのまま二度と動くことはなかった。

 その後、ヨリマツ・ストリートはカチグミ向けに着々と整備されていった。『咆哮』は跡形もなく消し去られ、そこで繋がっていた者達の姿も見えなくなった。

 カシラ亡き後、リュウゴは荒れに荒れた。盗みを繰り返し、喧嘩に明け暮れた。ハイティーンに差し掛かる頃には愚連隊を率い、他の愚連隊やヤンクを潰して回った。いつしかリュウゴはどこぞのヤクザクランのテッポダマになっていた。
 そして幾年かが経過したある日、彼は唐突に死んだ。

 ほんのつまらない、しかし決定的な不運が積み重なり、リュウゴは敵クラン構成員に囲まれた。そんな状況に立たされて尚、リュウゴは怯みもしなかった。怒りを湛えた目で周囲を見回し、敵リーダーの号令を引き金に、彼は動いた。ただただ憤怒の鬼と化し、暴れ狂った。
 だが、圧倒的数の暴力の前には及ばず。5人ほど敵を昏倒させるのが限界だった。すぐに袋叩きにされ、最後はドスダガーで急所を一突きだった。
 あの日と同じように、泥まみれでブザマに倒れ伏す。あの日からこれまで数え切れぬほどの敵を潰してきたが、結局最後は無力なものだ。ニンジャでもなけりゃ…。意識が遠のく。全身から熱が消えていく……。

 そうして彼は死んだはずだった。だがサンズ・リバーを渡らんとしたその時、ジゴクのツインバスドラムめいた轟音がどこからか響き渡った。次の瞬間、彼は泥の中で目を覚ました。彼は立ち上がって己の胸を見た。刺された傷が塞がっていた。それどころか、体中に力が漲った。
 そのまま彼はフラフラと歩き出した。当てなどなかった。そのはずだ。だが、気付くと彼はネオサイタマから離れ、海に近い小高い丘の古びた教会めいた建物の前に立っていた。耳障りな音を立てて扉が開き、神父めいた出で立ちの男が現れた。

「ジューテイオン」───神父めいた男はそう告げた。それがリュウゴのニンジャとしての名前になった。

「骨のねえ任務だったな」
 ぼやきながら、ジューテイオンはビルの屋上を跳び渡る。右肩にはクロスカタナのタトゥーが彫られている。既にIRCで報告は済ませた。今夜はもう追加のミッションもない。このまま帰って寝てもいいが…彼は眼下を見やる。

 数日前、気に入りのCDを散らかった部屋に埋もれさせてしまったジューテイオンは、掃除がてら探すことにした。部屋の奥、古臭いスポーツバッグに如何にしてか入り込んでいたのをどうにか見つけた彼は、鞄の中で丸まる黒い布に気付いた。広げると、それは古ぼけた小さなTシャツだった。
 幼い頃、可愛がってくれたメタルショップの店主にもらった『アラシヨビ』のバンドTだ。そのメタルショップはメガコーポに潰され、店主はニンジャに殺された。今や自分が死に損なってニンジャになってしまった…。ニューロンがチクリと疼き、彼は顔をしかめる。
「ずっとこんなとこにあったのかよ…」
 すっかり忘れていた物だ。大荒れのモータル時代に捨ててしまったとばかり思っていた。

 ───そして今、ジューテイオンは任務を終え、かつてそのメタルショップが存在したストリートに差し掛かっている。

 ヨリマツ・ストリートは、整備されたのち高級歓楽街として繁盛した。今も高級志向は残っている。しかし、ストリートの外れは些か寂れているようだった。ジューテイオンは、そのひと気の少ない界隈に音もなく着地し、メンポを外した。
 ジューテイオンは辺りを見回す。閉められたシャッター。二、三軒、高級エリアから隠れるように路地裏で営業しているバーが見える。ニューロンに幼少期の感傷めいた震えを感じた彼は、ここで飲んでいくかと考えを巡らせた。その時だった。

「ドーモ」

 嗄れ声に振り返ると、一見ヒッピーめいた、しかしそれとも異なるような、何ともいえぬ風体の老人が立っていた。痩せた体に引っかけた衣服のそこかしこにメタリックな缶バッジをくっつけている。ジューテイオンは電撃を受けた心地を味わった。
「ラ…ランギノ=サンか!?」
 老人は目を丸くした。
「ン?どうして俺の名前を?そんなに有名になっちまったか?」
「リュウゴだ!久しぶりだな。何つーか…ハハ、生きてたんだな!」
「リュウゴ!お前リュウゴなのか!?でっかくなったなァオイ?お前こそてっきり野垂れ死んじまったかと…ハハハ…!」

 鼻の下をこするリュウゴを万感の思いで眺めたランギノは、路地を親指で示して言った。
「あれから長いこと肩身が狭かったが、ここ数年はちっとは生きやすくなったのよ。そのわかりやすい格好、お前は今でもメタルが好きと見えるな。見せたいモンがある。ついてきな」
 入り組んだ路地裏を進み、ランギノは古い小屋めいた建物の前で立ち止まった。タングステン・ボンボリがバチバチと明滅し、『轟音窟』と書かれた看板を照らしている。ランギノが扉を押し開けると、腹に直接響くような重金属音楽が溢れ出した。ランギノは笑った。
「ようこそ、俺の店へ」

「す…すげえ!ランギノ=サンが全部これを…!?」
 足を踏み入れたリュウゴは、店内を見回して感嘆の声を上げる。
「カシラ=サンにゃ全く及ばんが、集められる物を集めて、二年前に開いたんだ。『狂い蜂』や『即死』に『キワメテ楽団』、『アラシヨビ』ももちろんあるぞ」
「ヘヘ、オヤジも喜んでるだろうよ。大したもんだぜランギノ=サン!」
「すっかりジジイになっちまったが、このままメタルの魂を腐らせたまま死ぬわけにゃいかなかったもんでな。最初は知り合いだけだったが、今は新しい客も増えてきた。おかげさんで細々とやってる」
 ランギノはリュウゴの大きな背中をバンと叩いた。
「今夜は飲むぞ。再会を祝おうじゃねえか!」

 ヨリマツ・ストリート。洗練された表通りの裏で、メタルの魂は確かに生き続けている。

(【ザ・ソウル・メイド・ウィズ・ヘヴィ・メタル】終わり)


◆ジューテイオン◆
ニンジャ装束の上に薄い板金の胸当てを装備し、特殊な武器トドロキ・ツルギを振るう。スイッチを入れるとブレードが高速振動し地獄のツインバスドラムめいた轟音を発するこの武器は触れたものを粉々に粉砕する。本人はジツによって音波や振動による悪影響を受けない模様。
波打つ長髪。磨きあげられたスカルレリーフ入り金属メンポ、鋲打ちレザー装束の上に板金胸当て。性格は明るく豪快そのもの。白兵戦にはめっぽう強いが緻密さに欠けるのでミッションでは仲間のサポートが重要。ソウカイ・ニンジャです。
うるさいし移動中のヤクザベンツですぐメタルを流すのでよくパートナーに文句を言われるが気にしない。

(名を授ける神父めいたニンジャ「ゴッドファーザー」による紹介文より)

※この作品は、小説『ニンジャスレイヤー』の読者による非公式ニンジャネーム名付け企画 #すみゆ忍 の中で誕生したニンジャ「ジューテイオン」のオリジンエピソードとして、名を授かったわたくし秋月翼が執筆し、2016年8月にTwitter上で投稿したものを加筆修正したものです。
(当時の投稿はジューテイオンの独立アカウント上で行ったもので、現在ジューテイオンのアカウントは消滅しているため、修正前の投稿はTwitter上には存在致しません)

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『ニンジャスレイヤー』
ブラッドレー・ボンド&フィリップ・N・モーゼズ作
本兌有&杉ライカ訳
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