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【無料】小説『またあした1』~ユーモア・ミステリー~|第5回|

「ここんとこ、笑ってないなあ」
というあなたに!
ユーモア小説 ケンちゃんシリーズ『またあした』を週1回ぐらいのペースで10週ほど連載します 第1回はこちら

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ところがさ、つぎの日の朝六時。

人生楽ありゃ、苦もあるさ♪
涙の後には、虹も出る♪

『水戸黄門』のテーマで叩き起こされた。
うん、オレのケータイの着うただよ。爺ちゃんが大ファンでさ。
 寝ぼけ眼で出ると。
「おはようさん。ちょっと、あんた起きとる?」
 どう聞いても、尾張屋の婆さんの声なんだよ。
「今日は、興正寺さんの日でしょう。悪いけど、八事まで連れてってちょうでゃあ」
 興正寺さんの日って、そんなもん知らんて、フツー。
 リリーの鬼瓦に聞いて、あとから知ったけどさ。五日と十三日に縁日やるらしいんだよ、毎月。でもさ、知らねえっての、オレらはよ。
 ヤクザもんが、五日と十三日に婆さんに混じって寺参りして、どうすんのよ。だろッ。 
「うちの店は十一時に開けるで、そのころに店まで迎えに来てちょ」
 自分の都合だけ言って、電話を切りやがった。
 新栄に十一時なら、事務所からだったら十時に連絡をくれても、ぜんぜん余裕で間に合うんだけど。婆さんってのはオレらと違って、たいてい超朝型。五時ごろには、もう起きて動きまわってるだろ。
 仕方ないから、起き出して庭掃除してたら、姐さんが覚王山の歯医者まで連れてってくれっていうからさ。メシも食わずに送っていって。
 事務所に戻ったら、カズキが便所掃除してたんで、ひと声かけて。それから新栄のきしめん屋に行った。
 開店直後だから、店に入ると客は誰もいなくて。レジの前に婆さんが、ちょこんと座ってる。
「よう、来てくれたね」
 嬉しそうに、にこにこしながら。
「さあ、いこみゃあか」
 でも、オレはなんにも食ってないだろ。
「悪いけど、朝メシ食ってないんで。時間があったら、ここでうどん食っていきたいんだけど」
「ええよ」
 そう言ってくれたんで、四人がけのテーブルに座った。
 ところがさ、厨房のほうに人影はあるんだけど、誰も注文を取りに来ないんだよ。
 婆さんが、厨房に向かって。
「お客さんだがね」って声を掛けてくれて。
 そしたら、ようやく店の奥から仏頂面のおばはんが出てきた。テーブルの上に、水の入ったコップをトンと置いてジッと突っ立ってる。
「いらっしゃいませ」でも「何にしますか」でもないんだ。月見うどんを頼んだんだけど、案の定、あんまり美味くなかったな。
 とにかく、その日は八事に行って。婆さんの手を引きながら、ようやっと興正寺へのお参りが終わったと思ったら。
「杉田さんへ寄ってちょうでゃあ」
 助手席から婆さんが指図するんだ。
「杉田さん?」
オレが首をかしげると。
「あんた名古屋に住んどって、杉田眼科も知らんの」
 知らねえっての。
「松坂屋のまん前だがね。あそこは世界中から患者が来るぐらい有名だでね。杉田さんを、知らんちゅうことは、あんた名古屋の生まれじゃにゃあでしょう」
 もう、知るかよって。それで、さすがにオレも頭にきて。
「なんで、そんないろんなとこに、連れてかなきゃいかんの」
すると婆さんが、
「あんたが、その辺のバカなら、わたしも頼みゃあせんわ。けど、あんたは、きのう携帯電話で、自分のことを頭いいだろって話しとったでしょ」
 まあな、ヒロシ相手にそう言った。
「その頭のいいあんたを見込んで、頼んどるんだがね」
 そこまで言われると、やっぱ断れんだろ。オレとしちゃあ。
 杉田眼科へ連れて行って、新栄に戻ろうとしたら。
「ちょっと、おなかが減ったでしょう」
 そんで、丸栄百貨店の地下に連れて行かれた。惣菜屋とかが並んでて、こんなとこでメシ食えんのかよと思ったけど、隅っこに小さい店があった。
 とはいっても、七、八席しかないから、買い物の途中で腹が減ったおばはんに、軽くメシを食わせるようなイートインってかんじ。
「ここは、鶏の三和さんの直営店だでね」
 たしかに壁には『三和の歴史 それは名古屋コーチンとともに歩んできた道』なんて書いた額が掛けてある。
「ここの親子丼は、お値打ちだがね」
 まっ、そりゃ。三和の直営なら、産直だもんな。
 そこで、純系名古屋コーチンの親子丼を食べさせてくれた。
 名古屋コーチンの肉は、さすがにぷりっぷりでさ。その純系コーチンの肉の上に、これまたコーチンの卵がかかってて。これがもう、とろっとろ。
ぷりっぷりで、とろっとろだろ。もう、どえりゃあ美味い。
 夢中で親子丼を食ってたら。
「新藤さんて、どんなひとかね」って訊くんだ。
 どんなひとって、味噌カツ食わせてくれたりさ。ビール飲ませてくれたり、こないだなんか香味苑で上カルビだろ。なんだかんだって、世話になってるし。
「ちょっと見は怖いけど、いつも可愛がって貰ってます。面倒見のいい兄さんですよ」
 そう答えといた。
 それにしても、その日はマズい月見うどんしか食ってないだろ。だから、めちゃんこ美味かったよ、純系名古屋コーチンの親子丼。

 つぎの日は、さすがに婆さんからの連絡はなかったんで。オレはノミ屋の回収を済ませて、リリーに行った。
「あーら、ご無沙汰だがね」
 鬼瓦が妙に愛想がよくて、えらい気持ち悪かった。
「トモちゃんは?」
「お友達とドライブ」って返事。
 でも、鬼瓦がお友達なんて上品な言葉を使うのが、どう考えても怪しいだろ。
 どっちにしろ、肝心のトモちゃんが居なかったんで、コーヒー一杯飲んで、ソッコー出た。

 オレは、トモちゃんと手をつないで。
 浜名湖の岸辺を、ふたりで歩いてた。
 そよ風が吹いてきて。
 トモちゃんの長い髪が、オレの頬をくすぐる。
 指を絡ませたトモちゃんの手を、ぎゅっと握りしめ。
 思わずうっとりしてたら、突然。

 人生楽ありゃ、苦もあるさ♪
 涙の後には、虹も出る♪

『水戸黄門』が鳴り響いて、飛び起きた。
 眼をこすりながら電話に出たら、ジャスト六時。もちろん朝のだよ。
「おはようさん」
 うん、また婆さん。もう天国から地獄な。
 なんかさ、モーニング・コールってあるらしいじゃん。堅気の単身赴任の親父とかが、電話をかけて起こしてもらうってやつ。わざわざカネ払ってな。
 そういうのって、たいてい声のきれいな若いネエちゃんが、かわいい声でさ。
「おはようございます、浅井さま。七時になりました」
とかってやるんだろ、よく知らねえけど。
 でもさ、どこの世界に「おはようさん」なんて、婆さんからのモーニング・コールがあるんだよ、なッ。しかも、こっちは一切たのんでもねえのによ。
 その日は「お昼の十二時に、金山まで行ってもらえん」って。十二時に金山なら、やっぱ十一時過ぎに尾張屋に行きゃあ、ぜんぜん余裕なんだけどな。
 婆さんに起こされたんで、事務所の奥のオレの部屋を出て。顔を洗いに洗面所に行ったら、ヒロシとカズキが並んで歯を磨いてた。
「ケンちゃん。こないだはゴメンな、変な話しちゃって」
 ヒロシの奴が謝ってきた。
「ぜーんぜん、気にしてねえよ」
「でも景気よさそうだね。最近ブイブイいわしてるらしいじゃない」
「まあな」
 ちょっといい気分になってたら。
「新藤さんの仕事も手伝ってるんだろ。ここで上手くやれば、ケンちゃんもカシラんとこの本流ライン。出世株だよな」なんておだてる。
「やっぱうちで出世するには、服部さんとこにつくのが、最高のポジショニングですもんね」
 カズキの奴まで羨ましがってる。
 だけど、オレとしては、ブチの散歩係の代わりに、婆さんの散歩の相手をさせられてるみたいなもんでさ。しかもブチは、図体はでかくても性格はおとなしいのに、婆さんは小さいくせに、いちいち口うるさく指図するわけで。
 ブイブイいわしてるどころか、婆さんに引き摺りまわされてるようなもんだろ。だから、ヒロシやカズキに持ち上げられても、いまいち冴えないわけよ。
 そのあと事務所の用事済ませて、ママチャリで駐車場まで行った。
 えッ? だって駐車場まで歩いたら、十分以上かかっちゃうもん。遠くて、しかも屋根なし。カズキの奴に、事務所の近所でいちばん安い駐車場をネットで探させて、決めたんだ。そのかわり仲介手数料ナシだし、あの辺りじゃ破格値だよ。
 ただなぁ、雨の日はツライ。だって、駐車場まで傘差してチャリ漕いでくんだもん。
 それじゃ、なんのためにクルマ買ったか分かんない?
 ったく、おっしゃるとおりだよ。マスター。

 それで新栄までアウディ転がして、婆さんを積んで金山まで行ったんだけどさ。
 クルマに乗ると婆さんは、さっそくメールな、まるで女子高生みたいに。そんでメールが終わると、こんどはカーナビに変身するわけだ。
 いや。お寺じゃなくって、その日はイタメシ屋。
「ちょっと悪いけど、ここで待っとってもらえん」
 駅のそばでクルマを降りると、『ポモドーロ』っていうトリコロールの三色旗を出してる店の中に、さっさと入ってった。きしめん屋の婆さんが、こんなシャレた店でランチってどうよって思ったけどな。
 えッ、トリコロールってんじゃないの? 
 でも間違いなく三色旗だったぜ。
 ああ、そう。フランスの国旗のことかよ。
 ふーん、赤、白、緑のイタリア国旗はトリコローレか、知らなかったな。
 マスターって、物知りなんだね。

 クルマんなかで待ってると、ケータイが鳴って。
「ケンちゃん、掛け金の回収は終わったか」って新藤さんからで。
「布池の太田さんの分がまだですけど、それ以外は済んでます」
 そう答えたら。
「じゃあ、回収できた分だけでいいから、すぐに持ってきてくれ」
 そういうのよ。
「でも、いま婆さんのお供で金山にいるんですけど」
「えっ、今日も婆さんと一緒か」
 新藤さんが驚いてるんだ。
 今日どころじゃないっての。その週は、月曜と火曜、そんでこの木曜だろ。
 だから、そう言ったら。
「うーん、そうか」
 しばらく黙って。
「婆さんのお供は、何時ごろ終わりそうか」って訊くわけよ。
 そんなもん、うちのオヤジのお供してんのとおんなじでさ。あの婆さんの気分しだいだから、オレに分かるわけないだろ。
「そうか、じゃあ婆さんの相手が終わったら、連絡してくれ」
 一時間ぐらいしてからかな、ようやく婆さんが若い男と一緒に店から出てきた。
 いや違うって、マスター。
 あの婆さん、いくつか知らないけど、七十歳は超えてるハズだよ。その男は二十歳ぐらいかな。ツバメだったら五十歳も違うんだぜ。
 ふた回り差ってのは、聞いたことがあるけど。さすがにない、ない。
 そうじゃなくて孫だよ。
 その男は百八十センチぐらいはあるから、婆さんとは三十センチ以上も身長差があるけど。クルマの中から見てても、すぐに分かったな。
 目元とか、特に、ちょっと笑いかけてるような口元が、婆さんとそっくりなんだよ。
 クルマに近づいてきて、紹介してくれた。
「これは、孫の真一。いま専門学校に通っとるんだわ。どう、あんたもいい男だけど、うちの孫も男前でしょう」
 真一って孫は、愛想のいい奴でさ。
「こんにちは。うちのばあちゃんが、いつもお世話になっています」
 深々と頭をさげるもんだから、こっちもあわててお辞儀した。
 孫と別れて、それから婆さんの指示で、今池の交差点にある郵便局に寄った。すぐに用事を済ますと、婆さんは戻ってきて。
「あんた、おなかが減ったでしょう。わたしもバタ臭いもんがアカンで、さっきの店ではよう食べんかったもんでねえ……。ちょっと涼しくなってきたで、あったかいもんがええでしょう」
 その日は、味噌煮込みうどんを食べさせてくれた。
 うん、美味かったよ。これまで食った味噌煮込みうどんで一番美味かった。
「どう、美味しいでしょう」
 そう訊かれたんだけど、ほかの店のうどんを褒めるのもなんだしさ。しょうがないから、あいまいに頷いた。
「あんた、これが本物の味噌煮込みうどんだがね。うちのうどんは、アカンわ」
 たしかにね、その通りなんだけど。そこまで言われると、さすがに何て言ったらいいのか返事に困った。
 そのあと新栄まで婆さんを送って行ってから、新藤さんに連絡すると。
「おう、ケンちゃん。お疲れさん。これから今池まで来れるか」
「でも、太田さんとこを回収してからの方が、よくないですか」
 ところがさ。
「そんなもんは、あとでいいから、すぐに来てくれ」
 そう急かすわけ。
 なにを焦ってんだろうって思いながら、いつもどおり今池のネエさんの店に行くと、カウンターに座って待ってた。
「ようケンちゃん、お疲れさん」
 新藤さんから、お疲れさんなんて言われたこと、あんまりないんだけど。その日は、二回も言ってくれた。
 でも、あの婆さんの相手は、たしかに疲れる。
 それに、オレとしちゃあ、すんげえ期待してた八百長の大仕事は、さっぱり声がかかんなくて。掛け金の回収とか婆さんのお守りばっかりやらされてるだろ。あんまり面白くないわけよ。
 だから回収した掛け金を渡してから、ついこぼした。
「ほんと、疲れますよ」
 新藤さんは、札束を確かめて。
「十八万一千円。たしかに受け取った」
 札を財布に入れ、いつものように胸ポケットに収める。
 それから真顔で訊くんだ。
「で、あの婆さん、ボケてるように見えたか」
 新藤さんも妙なこと言うよな。
「あの婆さんが、ボケてんだったら。うちのオヤジも姐さんも、それにあのカシラだって、みーんなボケてる、ってことになるんじゃないッスか」
 すると、新藤さんは腕を組んで。
「うーん、やっぱりな」って、頷いてるんだ。
 オレとしちゃあ、どういうことなのか、さっぱり分からない。
「これは、いったい何の話なんッスか」って訊いてみた。
「だいたい、あの婆さんの世話をするのが、なんで仕事の手伝いなのか、ぜんぜん分からないんッスけど」
 えッ、そのあと新藤さんが何て言ったか? 
 マスター。悪いけどその話は、また今度するわ。
 もう事務所に戻んないとヤバいんで。

                       (つづく)

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ケンちゃんシリーズ『またあした』1~8巻
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第2巻はこちら



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