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オーソン・ウェルズ「市民ケーン」('41米)

本作は「映画史上最大の傑作」と呼ばれています。それでも制作年が1941年の古い映画だということや、監督主演のオーソン・ウェルズが私の子供時代はもう長い間映画を撮っていない爺さんだったこと、何より「市民ケーン」というタイトルにダサさを感じて敬遠していました。

80年代に期待せずに観たのでしたが、ホラー映画のような不気味なムードで始まる巻頭に驚きました。ついで男の唇のアップが「ローズ…バット(薔薇のつぼみ)」と呟きます。ドアから入って来る看護婦。映画は、ケーンの死の瞬間から始まるのです。

次のシーンはいきなりニュース映画の映像になります。古い映像が目まぐるしいカット繋ぎとナレーションでケーンの死を伝え、ケーンが全米の新聞ラジオ映画会社を傘下に収めたメディア王で、富と権力をほしいままにした全盛期、選挙への出馬などを次々に伝えます。

しかし途中でフィルムは止められ、報道局長が「ありきたりな内容だ。何かインパクトがあるアイデアは?」と問い掛け、「今際の際に残した言葉があったな。そう、薔薇のつぼみ。その意味を探るんだ。取材過程を映画にしよう。」

かくして取材記者はケーンの人生を追いかけ、「薔薇のつぼみ」の謎を解明しようと飛び回ります。

とてもこれが初監督作品とは思えない完璧な映画です。オーソン・ウェルズはその4年前、ラジオで「宇宙戦争」をラジオニュースの体裁で作り、余りにリアルな内容に全米のリスナーが本当に宇宙人が攻めてきたと信じてパニックを起こしたことで有名人になっていました。

映画会社はウェルズに「自由に撮ってよし」という、ありえない破格の好条件で彼に映画を撮らせたのですが、映画会社には誤算がありました。それはウェルズが本物の天才で、天才に創作の自由を与えてしまったことです。

映画はスキャンダルを巻き起こします。この映画は米国の新聞王と呼ばれたウィリアム・ハーストをモデルにしており、「薔薇のつぼみ」はハーストが彼の愛人の秘処をこう呼んでいたのです。

ハーストの妨害工作を受け、ウェルズは「映画史上最大の天才」と呼ばれながら、それからは思うように映画が作れない、呪われた監督になってしまいました。

因みに映画の「薔薇のつぼみ」には、ゴシップではない、さらに深い意味が隠されています。ラストで本当の意味が観客だけに明かされますが、まったく度肝を抜かれました。


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