博士論文を書き上げるためのtips(についての個人的見解)

 自分の経験を振り返っても、博士論文を書き上げて博士号を取るのは、とてもとても大変なことです。大学院生を指導する立場でも悩ましいことがたくさんあります。どうしたら博士論文を書き上げることができるのか? 自分の院生や博士号を目指す人に言っていることをまとめて見ました。そうした人のためというよりも、振り返りのために、つまり自分のためにまとめました。

(12月5日追記:ずいぶんの人に読まれているようで、ビックリしています。背景情報として申し添えると、ぼくは商学研究科でマーケティング関連の研究をしております)

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0.3年(もしくは5年)で絶対取るという前提を変えない

 病気などやむ得ない事情を別にしたら、学部生が留年したと聞いたら、その学生の怠慢であると思うはずです。しかし大学院生の場合は、「研究が進まない」ことが理由で修業年限を超えて在籍する例が結構見られます。うちの場合は、博士後期課程の修業年限は3年です(修士課程は2年なので、合計で5年ですね)。しかし時々始まる前から「4〜5年かけて取れたら」という人がいます。そんなことを言っている人で、実際に博士号を取れた人はあまりいないと思います。目標達成へのモチベーションもリソースもないところで、挑戦しても上手くいかないと思います。「絶対3年(もしくは5年)で終わらせる」という強い意志が前提になると思います。

 万が一、その目標が達成できなくても、最初から最短での取得を狙っていない人よりも、進捗があるはずです。ここが大事です。

1.細かくマイルストーンを設定する

 しかしいきなり「博士論文を完成せよ」と言われても書けないのは当然なことです。大プロジェクトなので、作業を小分けにして、小さな目標をひとつひとつ達成することが大事です。そのためには、3年(もしくは5年)の間に、どれだけ学会発表をして、何本の論文投稿をするのか、ということを、あらかじめ計画して、ひとつひとつ実現する必要があります。

 学会発表は、少なくとも年に1回、可能ならば2〜3回以上は行いましょう(今年は、うちの博士後期の院生は全員、2回かそれ以上、学会発表しています)。「もう少し研究が進んでから...」と尻込みをする人がいますが、そんなことを言ってたら、未来永劫、学会発表などできず、したがって博士論文を完成させることはできません。無理矢理申し込むことが大事です。そうすると、〆切効果で研究が確実に前進します。海外学会の場合は、大学などから院生向けの資金援助があることがあります。こうしたものを活用して、世界を広げましょう。

 同じように、学術誌に論文を投稿することも、計画して実行しましょう。もう少し研究が進んでから...」と尻込みをする人がいますが、そんなことを言ってたら、未来永劫、論文投稿などできず、したがって博士論文を完成させることはできません。

2.研究助成をもらう

 学会発表や論文投稿に加えて、研究助成をもらうということも、研究を前進させる上で効果的です。主に3つのメリットがあります。第1のメリットも大事ですが、それ以上に第2と第3のメリットの方が大きいと思います。

 第1に、当然ですが、研究資金が得られます。調査会社の費用や調査旅費などを個人的に負担するのは大変です。そのためにアルバイトなどしたら、肝心の研究する時間がなくなります。

 第2に、申請書類を書くことで、博士論文完成までのスケジュールを真剣に考える機会ができます。審査員が納得するようなテーマ設定、調査手法や分析手法の選択・計画、資金計画を矛盾なく書き上げるのは、大変な作業ですが、それ以上に、自分の研究プロジェクトを客観視して改善するという大きなメリットを享受できます。

 第3に、助成期間内に成果を出すプレッシャーを受けることになります。例えば、吉田秀雄記念事業財団の研究助成(ぼくも大変お世話になりました)では、終了後に5万字以上のレポートを提出することが義務づけられています。これは素晴らしいことです。研究助成をもらったら、1年以内に5万字以上の研究論文を書かざるを得ないのです。博士論文に組み込む大きなブロックが完成するのです。

3.研究者のコミュニティに加わり続ける

 学会発表をすると、当然ですがコメントなどのかたちでフィードバックを得ることができます。発表しなかったら得られないフィードバックをもらえるのだから、これだけでもメリットがあります。これに加えて大事なのは、「顔を売る」ことができる、ということです。「ああ、あれ、ことばについての怪しげな研究をしている奴だな。だれだっけ?(その後、何回か見かけた後)ああ松井っていう奴か」といった感じで認知されるようになります。

 われわれの業界は、発表は聞いてもらって、論文や本を読んでもらって、なんぼの世界です。そのためには、自分がどのようなテーマの研究者なのか、ということについての認知を作ってもらう必要があります。発表を聞いてくれた人や論文を読んだ人の中には、あなたの研究に興味を持つ人がいるかもしれません。発表後の休み時間や懇親会で話しかけてくれるかもしれないし、その人が「面白い研究だった」と他の研究者に話すかもしれません。

 こうしたポジティブな結果は、1回の発表や論文投稿では実現しません。しぶとく、ずっと取り組む必要があります。なぜ企業が同じような広告をしつこく流すのか考えてみて下さい。それとまったく同じです。認知なく好意は得られないのです。下にも書きますが、厳しいコメントをもらって、落ち込んで二度と学会に参加しない、という人がいます。気持ちは分からないわけではないですが、そんなことをしたら、それまでの努力は水の泡です。この学会が自分にとって成長の場となりそうだと思ったら、発表し続けましょう。また、発表しない場合も、その学会に参加して、どのような研究が高い評価をなされるのかを学びましょう。

 また、知り合いがいないから参加しづらい、という人も多いようです。そりゃそうでしょう。最初は知っている人がいないのは自明のことです。何回か参加して、他の発表について質問をしたり、懇親会で交流することで、少しずつ、少しずつ、研究について議論できる「仲間」ができるのです。それには当然時間がかかります。ぼくも最初は誰も知り合いがおらず、懇親会でも壁際でぼっちめし、といった状況でした。

 こうした研究者のコミュニティに参加し続けると、厳しくも建設的なコメントをくれる人が出てきたり、小規模な研究会などで発表しないか、という「お座敷」がかかることがあります。こうしたらしめたものです。

4.厳しいフィードバックに慣れる

 学会発表をしていると、時々、ものすごく厳しいコメントの集中砲火を浴びる場合があります。言われた本人、特に院生のように研究を始めたばかりの人は、非常に辛い思いをします。場合によっては、ぼくのように会場中の嘲笑を浴びたり、会場全体がぼくの研究を理解できず一体感のある「ぽかん」が生じる場合があります(後者を個人的に「ぽかん感の横溢」と呼んでいます)。

 また論文を投稿したら、とても厳しい査読コメントが返ってくる場合があります。数ページに渡って、自分の研究の欠点を延々と指摘されるのは、大変辛いです。プロの研究者もキツイです(怒りのあまり電車を乗り過ごしたという同僚を知っています)。

 こうした経験をすると、研究のモチベーションがものすごくとっても下がります。しかし、ここが踏ん張りどころです。その日は寝て(ふて寝でOK)、次の日から考え直して、厳しいけど自分の研究を向上させようとする建設的なフィードバックなのだと考えて、「使える」ところは少しずつ研究に反映させましょう。

 個人的な経験からすると、研究者になれる人は、頭脳明晰で優秀である人(もちろんそういった人はたくさんいますが)であるよりも、こうした厳しいフィードバックにもかかわらず辞めようとしない鈍感で図太い人ではないかと考えます。博士論文を書き上げる最大のコツは、諦めないことです。厳しいフィードバックも何回か経験すると、以外と慣れてきます。誰もが経験していることだし、否定されたのはあくまでも研究であり、あなた本人ではありません。そう考えてみましょう。

5.指導教員を使いこなす

 指導教員は、あなたの博士論文完成プロジェクトに貢献したいと考えています。しかし、こちらから言わない限り、研究の進捗について教えてくれない学生が、まれにいます。特に研究が上手く言っていない場合は、そうなることが多いようです。しかしそんなことをしても状況が悪化するばかりです。ますます悪循環に入り込んでしまいます。

 博士論文を完成させたいのならば、指導教員を使いこなしましょう。上手な人は、ゼミでの発表だけでなく、個人的に連絡を取り、3年(もしくは5年)の計画の進み具合やボトルネックについて相談してきます。そうされると、こちらも安心しますし、ボトルネックをどのように解消するかという議論もできます。

 上にあるような厳しいフィードバックをもらったときなども、指導教員とコミュニケーションをする良いタイミングです。実は、こうしたフィードバックの中には、あまり意味がないものもあります。意味があるものとないものを腑分けするために、議論すると良いでしょう。

 もちろんそのためには「手ぶら」で相談に行ってもしょうがありません。指導教員によってスタイルは違いますが、ぼくとしては完成度は別にして何か必ず書いてきてもらいたいです。というのは、書くということは考えることだからです。少なくとも考えるきっかけになるでしょう。

6.他の院生といっしょにがんばる

 厳しいフィードバックが、自分の指導教員から来る場合も少なくありません。それは仕事だから仕方がありません。しかし、そのような場合、どうしたら良いのか分からなくなる場合もあるでしょう。その場合には、同じゼミの院生と話をすると良いでしょう。特に先輩の場合は、「あの松井が言っている訳の分からないことは無視していいよ(ウィンク)」とか「あの松井が言っている訳の分からないことは、分かりやすく言うと○○ということだよ(スマイル)」と教えてくれるかもしれません。

 また同級生の学生は、同じ立場なので、切磋琢磨をする上でこの上ない存在です。この場合は、必ずしも同じ分野の同じゼミの院生である必要はありません。違う分野の学生でも博士論文のためにがんばっている姿を見ると、自分もがんばろうと思うでしょう。学会で出会った他大学の院生と仲良くなるのもとても良いことです。研究を進めるtipsに関して、自分の大学の院生が知らないことを教えてくれたり、逆に教えてあげたりするようになれば素晴らしいです。学会に行く楽しみも増えます。

 また、分野がちょっと違う院生に、自分の研究を説明したり、書いたものを読んでもらうことも、とても良いことです。なぜならば、自分の研究を、その分野の専門家でない人にも理解できる形で説明できるのならば、あなたの研究は相当まとまっており、意味のある内容になっている可能性が高いからです。分野外の人が理解できるかどうか、ということを一種のリトマス試験紙と考えてみて下さい。

 大学院生は非常に孤独な存在です。こうした関係を作るためには、日頃から生協のまずい昼飯を一緒に食べるなど、トラディッショナルな付き合いが必要です。良い関係を他の院生と作りましょう。

7.日本人学生向け:留学生のチューターになる

 日本人学生の場合は、留学生のチューターを積極的に引き受けましょう。その理由は3つあります。

 第1に、自分の日本語能力の拙さに絶望して改善しようとするきっかけになるからです。留学生のレポートや論文を直して指導するときに、「なんでこの場合は『は』であって『が』じゃないの?」という質問に答えられず、詰まってしまうことがあると思います。「Teaching is learning.」です。「教える」ことで「分かっていない」ことに気づき、留学生とともに学ぶことができます。

 第2に、教えることの練習になるからです。博士論文を書いている多くの人は将来、大学教員になります。どのように説明したら、一発で分かってくれるのか、ということは、経験量に依存すると思います。その経験を早めにしておくのは、決して悪いことではありません。その意味では、授業のティーチング・アシスタント(TA)を担当したり、ゼミの学部学生の卒論研究を手伝ってあげるのは、とても良いことです(うちのゼミではありがたいことに積極的に手伝ってもらっています)。TAに関しては、履歴書にも書けるので、就職活動上の好材料になります。

 第3に、外国語で研究をすることの大変さを肌感覚で理解できるからです。これから英語で論文を書いたり発表をしたりすることが増えると思います。ぼくも含めて、多くの日本人は、これが苦手で、避ける人も少なくありません。しかしこうした厳しい状況から逃げずにがんばっているのが留学生なのです。彼らをサポートすることで、外国語で研究すること(あるいは外国で学ぶこと)の大変さを理解しましょう。

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 ずいぶん長くなってしまいました。それだけ博士論文を書き上げるのは大変だということですね(こうした言い訳ができるのが、図太さの例です)。健闘を祈ります。



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