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卒業論文文集まえがき:問いを磨き上げる

 1年間取り組んできた卒業論文研究がようやっと終わりました。お疲れ様でした。年内に第1稿を完成させたように、12期生は、例年に比べて研究の進捗が早く、指導する立場からすると非常にやりやすかった学年でした。しかし完成に至るまで、それぞれが苦労したと思います。せっかくのこの経験からどんなレッスンが学べるのでしょうか? ぼくが大事だと思うのは、問いを立てることの難しさです。これについて少し考えてみましょう。

 うちのゼミでは、学生同士の議論を大事にしているので、ゼミを始める際にいつも力を入れてきたのは、議論が自然に生まれる雰囲気をつくることでした。今では皆さんは自由闊達に議論をしていますが、しかし最初はあまり上手くいきませんでした。いろいろ理由はありますが、そのひとつは、皆さんは与えられた問いに答えるトレーニングをたくさん受けてきたものの、自ら問いかけをする機会があまりなかったからです。問いを発しないと、議論は始まらないのです。同じことは卒業論文にも言えます。卒論では、自分で問いを立てなければなりません。またその問いが意味のあるものであることを説得する必要があります。皆さんは、意味のある問いを見つけるまでに数ヶ月かかりました。問いを立てる難しさを痛感したと思います。しかし、この経験は将来活きるということを、ここで強調したいと思います。

 これからプライベートであれ仕事であれ、与えられた問いに対して答えを出すことだけでなく、自分から問いを立てることが必要な場面が増えます。例えば、周りのキラキラしている人を見て「なぜ自分はリア充になれないのか?」という問いを抱くかもしれません。しかし考えてみると「そもそもリア充とは何なのか?」ということを考えてみなくてはなりません。あるいは「リア充を目指すのは、実はリア充ではないのではないか?」という問いも出てくるかもしれません。「リア充になりたい自分が本当に目指していることは何なのか?」とか、「なぜリア充であることが自分にとって大事なのか?」と、次々と問いをずらしたり変えたりすることでしょう。もしかしたら「リア充でなければならない空気が、世の中に生まれたのはなぜだろうか?」という卒論のテーマになるような問いにまで発展するかもしれません。こうした思考は、当初の浅い問いを磨き上げるプロセスであると言えます。

 同じようなことは仕事にも言えます。例えば営業担当の人であれば、「なぜこのお客さんは、うちと取引してくれないのか?」という問いを抱くかもしれません。「なぜ、うちのモノやサービスが気に入らないのか?」とか、「自分の営業スタイルが嫌われているのはなぜか?」とか、「競合が強いのはなぜか?」とか、「このお客さんは、一体誰の目を気にしているのだろうか? 社長だろうか、それとも先代だろうか?」とか、「そもそもうちのモノもサービスも、この会社には不要なのでは?」とか、「うちのモノやサービスが解決してくれる問題に気づいてくれるにはどうしたら良いか?」など、いろいろ考えなくてはなりません。こうした問いの筋が悪いと、当然、「解決策」も意味のないものになります。問いを磨き上げることは、仕事でも大事なのです。さらに言えば、将来、部下を持ったりチームで仕事をしたりする際は、部下や同僚らに筋の良い問いを与える必要が出てきます。新人の時は、与えられた問いに最適な解を与えることが主だった仕事になるかもしれません。しかし、そう遠くない将来には、誰かに問いを与えて答えを出してもらう、という立場になるのです。

 皆さんが卒論研究の主に前半で取り組んできたのは、まさにこうした問いを磨き上げる作業でした。真剣に問いを磨き上げる経験を、社会に出る前にじっくり体験したことは、皆さんにとって大きな財産です。しかもこの財産は、同じゼミの仲間と一緒に取り組んできたからこそ、築き上げることができたのです。このことをぜひ忘れないで下さい。

 この財産をテコにして、問いを立てて磨くという姿勢を、これからの長い人生で発揮して下さい。そうしてもらうことで、将来、松茸会などで再会するたびに、成長した皆さんに会えることでしょう。その成長に驚き、そして喜びを分かち合いたいと思います。

 卒業おめでとう。また会うことを楽しみにしています。

2016年1月
暖冬だけど寒い国立にて
松井 剛

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