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腕時計を着けないスーツ姿なんて、クリープを入れないコーヒーと同じだから

プロローグ

今のご時世、時を知りたければスマホや電波時計の正確性に勝るものはありません。

いくら超絶技法のトゥールビヨンで対抗しても、AIを搭載した無人ドローン相手に、竹やり部隊で戦いを挑むようなもの。

それでも、いにしえより伝わる機械式時計がなくならないのは、それで分かるのが針が指し示す時刻だけではないからです。

本当に分かるのは、着けている人のセンス可処分所得

そして、その奥で見え隠れする…さまざまな人間の欲です。



オープニング

時は、『バブル景気』の真っ只中。

クルマオンナには興味があっても、トケイにはまったく興味がなかった二十歳そこそこの小僧が、とあるきっかけで高級腕時計に取り憑かれていったいきさつを記した…どこにでもいる、オッサンの『腕時計回顧録』です。



その時、価値観が180°変わった

当時は、『クォーツ=高性能』という程度の認識しかなく、腕時計は私生活であまり必要としていないアイテムでした。

◆着けたり外したりがめんどくさい。

◆左手首に違和感がある。

◆手を洗うときにジャマになる。

以上のようなデメリットと時間を知るメリットをくらべたら、金を出してまで買うほどのものでもなかったのです。


ところが、転職してスーツが仕事着になる環境となってから、すべてが変わりました。

仕事内容は、今でいう『エンゼル投資家』の運転手兼鞄持ちだったので、会う人会う人サラリーマンではないのにスーツで仕事をしている人ばかりでした。

その人たちの多くが、『ズブの素人』から見ても分かる、なにやら値が張りそうな腕時計を身に着けていました。

そして、気づいたのです。

学生のころにはファッションアイテムでしかなかった腕時計が、社会では家や車と同じくステータスシンボルになるということに…


まだ、インターネットが普及している世の中ではありません。

時計雑誌を買ってページをめくると…そこには知らない世界が広がっており、『大人の階段』を登っているような気がしました。

投資家の社長は“ウブロ”の腕時計を愛用しており、それを側でマジマジと見ているとさらに所有欲がふくらみ続け、高級腕時計の『底なし沼』にどっぷりとハマり始めたのでした。



遅まきながら、本格腕時計デビュー

それでも一応、仕事には腕時計と呼ばれているモノを着けてはいました。

モデル名は忘れましたが、“セイコー”の1万円もしなかった革ベルトのクォーツ時計。

色気づきだして、初心者でもそれなりの腕時計がどうしてもほしくなり、社長に薦められて最初に買ったのが、“IWC”のポートフィノ3513でした。

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自動巻き 22万円。

白文字盤、3針、デイト表示、黒革ベルト…それはそれは『シンプル・イズ・ベスト』を絵に描いたような時計で、冠婚葬祭にはもってこいの腕時計でした。

なによりも、時計雑誌を見ない層には認知されていないであろう、ブランドの『知る人ぞ知る』感に惹かれました。

フツーの人は、これで終わります。

この1本をメンテナンスして使うなり、飽きたらほかに買い換えるなどして一生を終えます。

ところが、底なし沼にハマると『ないものねだり』な人間の業みたいなものが湧き上がってきて、まだ自分が持っていないタイプの腕時計に、次々と触手を伸ばすようになります。

そう…1本どころじゃ済まないのです。



自称、スイス時計界のアンバサダー

2本、3本と数を殖やすうちに自分が買うだけではあき足らず、高級腕時計の魅力を周囲に説いては彼らをデパートの腕時計売り場に送り込む…そんな布教活動に勤しむようになりました。

ファッションに興味がある人間は、だいたい食いついてきます。

先輩から紹介してもらった、一般客は使えないデパートの『外商ルート』を通すと、正規代理店にもかかわらず“ロレックス”だろうが“オメガ”だろうが定価の20%OFFで買える、夢のような時代でした(ジュエリーウォッチは、まだ引けると担当者は言っていた)。

周りに「デパート側から、マージンをもらっているのではないか?」と疑惑の目で見られたりもしましたが、そんなものは一切なく単に同じ価値観を共有する仲間を増やしたかっただけでした。

その副産物で、ほかよりも安く提供できるので彼らから感謝され、優越感にも浸れました。


このころになると、腕時計のイロハを教えてくれた社長よりも業界のことに詳しくなっていきます。

腕時計の世界は、“パテック・フィリップ”を頂点とした完全なヒエラルキー社会です。

そのことから、ドイツ製の“A.ランゲ&ゾーネ”とスイス製の高級機械式時計にしかひれ伏さない思考に洗脳され、“カルティエ”以外のジュエラーや欧米のラグジュアリーブランドが、畑違いでリリースする腕時計を鼻で笑っていたのでした。



最後の機械式腕時計

それから、数年が経ち…

バーゼル フェアジュネーブ サロンで発表される、毎年同じような新作を紹介している雑誌に『満腹感』をおぼえ始め、高級腕時計の価格が今の半値程度だったとはいえ、よさげな物は50万円はする腕時計をこれからもコレクションし続ける、気力も財力もありませんでした。

その時、バイブルにしていた雑誌POWER Watch

[3大ブランド  ロレックス/フランク・ミュラー/パネライ]

という特集号を目にしたのです。

「POWER Watchが、この3つを推しているのだから間違いはなかろう…」

これまでに、“オフィチーネ・パネライ”と“ロレックス”の2本はすでに持っており、

「最後に“フランク・ミュラー”を手に入れて、機械式腕時計を買うのも卒業するか…」

と、思った矢先の出来事です。

こともあろうか、仲のいい友人が“フランク・ミュラー”を着けている姿を目撃したのです。

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しかも、目星をつけていたカサブランカ6850のサーモンピンク文字盤。

世の『時計オタク』は、周りの人間とカブる時計を後発で着けることに嫌悪感をいだきます。

承認欲求が満たされないからです。

“フランク・ミュラー”のSSケースはカサブランカしかなく(つまり、カサブランカは廉価版)、ほかの貴金属無垢ケースの価格は、どれも7桁以上のプライシングでした。

この60万円台のカサブランカが、唯一“フランク・ミュラー”で手がとどくモデルだったので、最後の1本を手にする術がなくなり…月日だけが流れていきました。



エンディング

40代のオッサンになり、情熱的だった腕時計への愛情もうすれかけてきたその時に、ヤツは現れました。

“フランク三浦”

その、ネタ元を小馬鹿にしたネーミングセンスと数千円で買える『財布に優しい』価格設定に、まよわず買ってしまいました。

選んだモデルは、初号機

“フランク・ミュラー”といえば、トノーケースの代名詞みたいなところがあって、トノー型の零号機の方が注目をあつめていたのですが…

この手の『パロディ時計』は、いかに「それっぽいか?」が重要だと思っていて、『トノーカーベックス似の零号機』よりも『ロングアイランド似の初号機』の方が、どう見てもそれっぽかったのです。

ちなみに、再販されている零号機、初号機ともにインデックスの書体が変わっており、残念ながらそれっぽくはありません。

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“フランク三浦”が静かなブームとなり、一部ネット上で「キャバクラで、話のネタになる」といわれていたので、たしかめたかったのですが…悲しいことに、住んでいた田舎町にキャバクラは一軒もありませんでした。



エピローグ

高級腕時計の販売価格が大幅に値上げされて、一山当てないと“フランク・ミュラー”は買えなくなりました。

『高級腕時計収集の旅』は、コンプリートした最後の1本が国産メーカーのパチもんで、しかもあれだけ見下していたクォーツだった…というオチで、みごとに幕を閉じました。


※表記している金額は、当時の状況に基づいています。



noteを書いている中の人はファッショニスタではありません。レビュアーでもありません。 あえてたとえるなら「かろうじて美意識のあるオッサン」といったところです。 自分が買いたいものを買っています。 サポートしなくていいです。 やっていることを遠くから見守っていてください🐰