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世界は理解力によって分断されます

人間は、未知なもの、理解できないものに恐怖心を覚えるようにできているいます。これは誰だってそうです。僕だって自分の理解できないことは必要以上に難しく感じますし、途中で理解すること自体を放棄して、自分には関係のないこととして蓋をしてしまうこともあります。

ですから、高齢者がスマートフォンやクレジットカードを使おうとしないのも無理ないのです。よく考えてみればそれほど難しくないことでも、「わからない」と感じるだけで必要以上に難しく、そして恐ろしいことのように感じてしまうからです。周囲に勧められてやっとの思いでチャレンジしても、最初から「難しい」と決めつけて臨んでいるため、どうしても必要以上に難しく感じます。そして、ちょっとでもわからないことに遭遇すると、最初に抱いていた「これは難しいに違いない」という思い込みが再確認されることとなり、恐怖感がさらに固定されてしまうのです。

また、自分がこれまで築いてきた知見や経験がまるっきり無駄になってしまうのを快く思う人はいません。だからこそ人間は変化を恐れ、頑なに拒むのです。こうした人々の決意を翻させるのは容易ではありません。ほぼ不可能と言ってもいいくらいです。だからこそ、高齢者にスマホを使わせるのは難しく、大抵の場合は無駄な努力として終わってしまうのです。

「わからないこと」が増え続けている

ここで気になるのは、現在凄まじい勢いで、「理解できないこと」が増え続けている現実です。ありとあらゆることが高度に専門化した結果、世の中は理解できないことがだらけになってしまったのです。長くテクノロジーの最先端にいた僕でさえ、自分の専門だったことを除けば、よくわからないことに囲まれて生きています。

そこで今日のこの記事では、こうやって「わからないこと」が増え続けると、人々がやがてどんなリアクションを起こしていくのかを考えてみたいと思います。

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