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【雑童話】 ありんこアンリ

「ヨイショ、コラショ……」
 そんな声が聞こえた気がしました。
 足もとを見ると、アリたちが列を作って食べ物を運んでいました。

 今朝、エサ探しに出たアリが、草むらで巨大なビスケット鉱山を発見しました。
 その知らせをを受けた巣からは、大勢のアリが採掘に向かいました。そんな採掘チーム中に、働きアリのアンリがいました。

働きアリのアンリ

 アリたちは鉱山やまからビスケットを小さく削り出し、つぎつぎと巣まで運びました。
 太陽が高く昇るにつれて、陽射しはジリジリと容赦なく照り付け、地面は焼けるように熱くなりました。
「ほぉれ頑張れ!」
「そこ怠けれな!」
 と現場監督は大声を出し、アンリたちは無言で作業を続けました。
 すると、
 バサッバザッ!
 突然、大きな影がアンリたちの頭上を過ぎてゆきました。
 アンリは顔を上げました。空は底が抜けたような青さでした。眩しそうにしたアンリのに映ったものは、奇麗なドレスを纏ったアゲハチョウが花々の間を飛んでいる姿でした。
(まるで舞姫のよう……)
 アンリは思いました。
 それにくらべビスケットの欠片かけらを抱えている自分は、汗と泥にまみれた黒い作業着で、太陽の陽射しで焼けた地面の上を駆けずり回っている……。
 アンリはアゲハチョウの優雅な暮らしを羨ましく思いました。自分もあんな奇麗なドレスを着て、空を自由に飛んでみたい──と。
 しかし、そんな夢みたいな想いは、現場監督の「ドシドシ働け!」の叫び声に破られてしまいました。
 ビスケット鉱山の削り出しは、夕方にはあらかた終わりました。
 太陽は山の向こうに沈もうとしていましたが、草むらの空気も地面もまだ熱を持ったままでした。
 アリたちは重い足取りで巣に引き上げ始めていました。皆んな、疲れていたのです。疲れていたからこそ、明日も待っているであろう仕事のことを思うと、余計に足取りが重くっなったのでした。
 アンリは巣に帰る列から離れ、草の根元に座り込みました。巣はすぐ近くでしたが、身体は鉛のように重く、もう一歩も歩けなかったのでした。
 アンリは残照の空を見上げながら、ふと、「昼間見たあのアゲハチョウは、いま何をしているのかしら」と思っていました。
 やがて、疲れ切った心は深い深い眠りの世界に引き込まれていきました……。

 目が覚めると、辺りはすでに明るくなっていました。
 不思議なことに、アンリの身体に重く纏わりついていた疲れはすっかり消えていました。立ち上がると、身体はタンポポの綿毛のように軽くなっていました。気が付くとアンリは、いつの間にか奇麗なドレスを着ていました。憧れのアゲハチョウになっていたのでした。地面を軽く蹴ると、アンリはフワリと大空に舞い上がりました。
 草むらは夏の陽射しで輝いていました。
 アンリは、キリギリスの演奏とセミたちの混声合唱に合わせて、花々のテラスを舞いめぐりました。アンリはすべての呪縛から解放されたかのように、自由な日々を送ったのでした。

 ──やがて夏が逝き、季節は秋になっていました。花のテラスは次々と閉まり、キリギリスやセミたちの音楽は聞こえなくなりました。草むらは、静寂な季節を迎える準備を始めていました。
「あっ……」
 ついに飛ぶ力を失ったアンリは、冷たい地面に墜落ちてしまいました。もう起き上がる力もありませんでした。
(誰か助けて……)
 アンリは心の中で願いました。
 すると、カサカサと近くの草が揺れました。ヒョッコリと顔を出したのは、同じ巣に棲んでいたアリでした。
(た……す……け……て……)
 アンリは助けを求めようとしましたが、声が出ませんでした。 
 けれど、仲間のアリはアンリに気付いたはずなのに、また何処かへ行ってしまいました。アンリは絶望しました。
 しばらくすると、
 ザック
  ザック
   ザック……
 と、たくさんの足音が聞こえてしました。昔の仲間たちが、大勢、倒れているアンリに近付いて来たのでした。
(みんな、助けて……)
 アンリは昔の仲間たちが助けに来てくれたと思いました。
 しかし違いました。
 仲間たちはアンリを取り囲むと、いきなりアンリのドレスを引き裂き始めましたのでした。
「きゃっ、なにをするの!!」
  ビリッ!
   バリッ!
    ビリッ!
 奇麗なドレスは瞬くうちに惨めなボロ切れにされてしまいました。
 次に仲間たちは、アンリの身体のあちこちに、鋭い刃の付いた切断機を押し当てました。切断機が一斉にうなり声をあげました。
 ガリッ!
  ガリッ!
   ガリッ!
「い、痛い、痛い! や、やめてぇ!」
 アンリは叫びましたが、仲間たちの切断機は止まりません。そうです。仲間たちはアンリを冬場の食糧にしようとしていたのです。
 ガリッ!
  ガリッ!
   ──ベリッ!
 ついにアンリの脚がむしり取られました。身体から切り離れた脚はヒクヒクと痙攣しています。
(あっ……)
 あまりの激痛にアンリは気を失ってしまいました。その後も、仲間たちはアンリの身体を刻み続けました──。

 ──どのくらいの時間が流れたでしょうか。
 アンリがふたたび目覚めると、目の前に仲間のアリの顔がありました。一瞬、恐怖を感じましたが、自分がいつもと変わらない黒い作業着姿なのを見て、さっきまでの出来事は夢だったと分かりました。
 草むらは夏の夕暮れ。
 重い足取りのアリたちの前を一陣の風が吹き過ぎました。その風に乗って、何かが空高く舞い上がりました。それは、アゲハチョウのドレスの切れ端のようにも見えたのでした……。

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