「シュガーラッシュ オンライン」の息苦しさ

 人間はハッピーエンドと同じくらい、その後日談が好きな生き物らしい。どんなに完璧な終わりを迎えた映画であっても、その続編は作られる。「ハッピーエンドの後も人生は続く」を合言葉にして。
 「シュガーラッシュ」の続編である本作、「シュガーラッシュ オンライン」もそうした作品の一つだ。要するにこれは、「そして二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ」というありきたりな結びの言葉の、その先の物語なのだ。
 だから、本作でのラルフは前作の結末、そこで手に入れた世界に完璧に満足した保守的な男性として描かれる。彼はゲームセンターでの退屈だが平和な日々に満足し、親友であるヴァネロペにべったりと依存している。一方のヴァネロペは親友であるラルフのことも、自分のゲームの世界も愛してはいるが、その退屈な世界に飽き始めてもいる。どんなハッピーエンドでも、六年も経てば飽きがくる、というわけだ。だからこそ、ゲームセンターにwifiが開通し、魅力的なインターネットの世界に飛び出したとき、彼女は元の世界に帰ることをどうしても望めなくなってしまう。元の世界に帰りたがる相棒のラルフとは対照的に。
 よくある話ではある。最近の映画で言えば「リズと青い鳥」をちょっと思い出したし、もっと露骨なところで言えば「イリュージョニスト」なんかもそうかもしれない。(たぶん、もっとも意地の悪い比較対象は「カーズ2」だろう)。

 作り手の意欲はよくわかる。しかし、一番の疑問は「よりによってシュガーラッシュの続編で、それをやる必要があったのか?」ということだ。その答えはノーだと思うし、もっと言うなら「絶対にやってほしくなかった」。
 実際、「シュガーラッシュ」の結末は「そして二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ」というものではない。ヴァネロペはプリンセスの衣装を脱ぎ捨てるし、ラルフは自分の城で一緒に暮らさないかというヴァネロペの提案を断る。「この世界にいれば誰にもひどいことを言われない」という、唯一の親友の誘いを断って、悪役として扱われる自分の世界に帰るのだ。悪役の仕事としてビルの屋上から投げ捨てられるとき、彼は自分のゲームで活き活きとレースに興じる親友の姿を見る。そうとも、悪役だって悪くない。そんな彼の呟きとともに映画は終わる。
 昔、この映画を見たとき、だからちょっと結末には不満があった。結局上手い事丸め込まれてしまったような気がしたし、「ゴミラの星」を見たときのような遣る瀬無さもあった。けれど、それでもその結末が全てなかったことにされて続編が作られたことには、ちょっと驚かざるを得ない。もちろん、一作目のラストでようやく結婚したと思ったら二作目で何の説明もなく離婚している映画だってあるわけだから、いちいち文句をつけても仕方ない。それはわかる。何しろ前作から六年が経っているわけだし、その間にラルフはヴァネロペ依存症をこじらせたのかもしれない。今の生活に完全に満足している、という彼の台詞も三十年間孤独なゴミ貯め暮らしだった生い立ちを考えれば感涙ものだ。とはいえ、前作が決してすっきりとは言えない終わり方をしていたのには理由があるわけで、それに目を瞑るのはどうかと思う。そのことについて書く。

 最も重要なのは、今作のなかで決して問われることのなかった次の疑問だ。よし、ヴァネロペの夢はわかった。彼女はネットの世界に残りたい。でもラルフは彼女と離れたくない。だったらなぜ、ラルフは彼女とともにネットの世界に残らないのか?
 ヴァネロペ自身は、その答えを「ラルフは元の世界に満足しているから」だと思っている。実際、映画のなかでは冒頭から延々とラルフが今の生活に満足していること、微塵も変わりたがっていないこと、その保守的な感性がしつこいくらいに繰り返し描写される。だが、本人が何よりもヴァネロペを一番に考えていること(というより、そのように描かれていること)を思えば、彼女と共にネットに残るという選択肢がこれっぽっちも、その気配さえ描かれないのはいささか不可解だ。
 その本当の理由が直接描かれることはない。それが唯一垣間見えるのは、ラルフとの口論のなかでヴァネロペが口にした言葉においてである。インターネットの世界に残ったとして、じゃあ「シュガーラッシュ」の世界はどうするんだ?というラルフの問いに対し、彼女は「自分は数いるレーサーの一人だからいなくなっても問題ない」と答える。そう、ヴァネロペは自分の属していた世界から、外に出ることができる。そういう選択肢があるのだ。
 だが、その選択肢はラルフにはない。彼はたった一人しかいない「フェリックス」世界における悪役であり、彼がいなくなればゲームは成立しない。そうなれば、そのゲームは故障したものとして廃棄され、住人たちは全てを失うことになる。「自分のゲームを失う」ことがどういうことなのか、それは今作の冒頭においても描かれていたことであり、何より前作が徹底して描いていたことに他ならない。それこそが「シュガーラッシュ」のメインプロットだったのだから。ゲームの悪役として生まれついたラルフには、初めからそこを出て行く自由がないのだ。だからこそ、前作のラストで彼は親友の誘いを断ってまで、自分の世界に帰っていく。そうしなければならないから。
 フェリックスが自身のハンマーを父親から受け継いでいるという設定からもわかる通り、「シュガーラッシュ」はそもそも「生まれ」の物語だった。主人公として生まれる者と、悪役として生まれる者。悪役として生まれついたラルフは、絶対にビルの最上階に住むことはできない。その短気な性格も、不器用な両手も、全ては彼が悪役として生まれたことの証である。そして、そのことはどれだけ夢見たとしても絶対に変えられない。それは何より、悪役という彼の生まれが、世界の秩序そのものに組み込まれているからであり、そこから逃れようとすることは、世界を破壊することに等しいからだ。
 そして、ラルフは結局のところ最後までその生まれを変えることはできない。親友の城に住むことも、アパートの部屋に住むこともできない。彼が住むのは最後までアパートの外、その脇の空き地なのだ。「シュガーラッシュ」はその空き地に、逃れられないゲームの秩序の外側に、賑やかで明るいもう一つの町を作ることで一つの結末を生み出そうとした。小さな家、新しい住人たち。それに友達。彼は悪役であるという自分の生まれから逃れられないが、けれどそれが全てではない。「仕事は仕事、人生は人生」。シュガーラッシュという作品自体が言ってみればプログラムの外側に残された膨大な余白の、その豊かさの物語だった。それによって、ラルフは自身の役割、逃れることのできない自身の生まれから距離を取り、それを受け入れることができたのだ。
 今作が徹底して目を背けているのは、「シュガーラッシュ」が少なくとも誠実に向き合おうとしたこの「逃れられなさ」である。新しいインターネットの世界は、初めからヴァネロペにしか開かれていない。ラルフには最初から選択肢が存在しないのだ。それは根本的には、彼の生まれに関する問題なのだが、「シュガーラッシュ オンライン」はそれを彼の「心の問題」として処理してしまう。彼がインターネットに出たがらないのは、彼がそう願っているからだ。彼が保守的で、臆病で、田舎者で、年寄りだからだ。さあ、自分を見つめ直し、その醜さと向き合い、正しい道を選びなさい。嫌というほど繰り返されるその主張が何としても隠そうとしているのは、この「生まれ」の問題、その絶望的な不平等の問題に他ならない。「オンライン」はヴァネロペに対し、前作とは異なった倫理を、新しい未来を用意する。その一方で、ラルフは前作の呪いに囚われたままであり、その新しい世界から疎外され続ける。インターネットは自由だが、お前は自由ではない。人間は平等ではないのだ。
 だからたぶん、今作のなかで「囚われのお姫さま」という表現にもっとも近い人物がいるとすれば、それはラルフなのだ。呪いをかけられ、お城に閉じ込められたお姫様は、唯一の友達である青い鳥を窓の外に離してやる。それが鳥の夢であり、「本当の友達」がすべきことだから。まさか平成も終わろうという年の瀬に、「本当の友達なら~」なんて脅し文句を聞くことになるとは思わなかったけれど。

 最後に少しだけ、ヴァネロペについて書く。物語の大部分がラルフのセラピーに当てられるせいで、今作の彼女はほとんど人間として描かれていない。ヴァネロペの姿をした何か、端的に言えば「夢見る機械」でしかない。彼女は常に夢を見て、願いを口にし、そしてなりたい自分を探す。でも、それだけだ。ラルフがセラピーを受ける主体でしかないのと同様に、ヴァネロペは夢見る主体でしかない。だから開放的なインターネットの世界を描いているようでいて、それはどこか息苦しく、言いようのない無力感に満ちている。
 何よりも悲しかったのは、ヴァネロペがオンラインのレースゲームに夢中になる場面だ。「どんな場所も自由に走れる!」と彼女は叫ぶ。「コースだけじゃない!」と。でも、決まりきったコースしか走れない(と思われている)ゲームのキャラクターたちが、本当は自由に色んな場所を走れるということ。私たちの知らないその裏側で、自由に行き来し、会話し、様々な冒険をしていること。それこそが「シュガーラッシュ」の面白さだったはずだ。そしてヴァネロペは、レースに出場することのない「不具合キャラクター」という、そんなゲームの余白の、その自由さを体現した少女だったはずなのだ。
 せめて、彼女の就職先がGTA風味のゲームのレーサーなんかじゃなくて“ポップアップ部隊”だったらなあと思わずにはいられない。彼女ならきっと、誰よりも早く、誰よりもたくさんのポップアップ広告を世界にばらまいてくれただろうに。

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