その不幸を笑うのは貴女(6)

  朝のトイレはいつにも増して大繁盛だ。
それもそのはず、今日は体育祭だからだ。皆、所狭しと並び、鏡と向き合って化粧や、髪の毛を結んだり、ハチマキを可愛く結んだりしている。早くも写真合戦になっている人もいる。終わってからやれよと思いながらも、その群勢を掻き分けながら鏡に向かった。
「麻里ー!」
  群勢の中に美香と咲がいた。2人ともバッチリと青いチークの入った濃い化粧をして、綺麗なお団子ヘアに結んでいた。
あまりのギラギラ具合にこちらが滅入ってしまいそうになった。
「おせーわ!あと少しで移動だから!」
美香に急かされて私は2人に化粧道具を借りて、化粧とお団子ヘアを急ピッチでやらされた。どうやらお揃いじゃないといけないらしい。
  私は普段特に化粧はしない。赤いリップを塗り、アイロンで軽く髪をセットして終了である。いつもと違うちゃんとした化粧に私は手こずってしまった。
  私のメイクとセットが完成した。3人が同じ化粧とセットで鏡の前に並んだ。
「これでプリ撮りたくな〜い?」
咲の一言にドキッとした。今日の夢の光景がフラッシュバックされた。

  体育祭は側から見ればただ生徒が運動するだけだ。その種目は多岐に渡るが、どの種目に出るだとかはそこまで重要じゃない。
  問題なのは全校生徒、先生、親族、友達が見ている中でいかに恥をかかずにそれなりに様になるかである。さらに、体育祭では、今まで気にしてなかった人が急にカッコよく見えたり、注目されなかった子が可愛く感じてしまう体育祭マジックが掛かる場合がある。だから皆自分磨きに必死なのだ。
  吹奏楽部による音の調整の単一的な音色が耳に響く。その時にようやく体育祭が始まるという実感が湧く。
  各自クラスごとに自分の教室から椅子を持ち出して、校庭に並べる。それが唯一面倒くさい行為だが、仕方がない。
  私たち2年生は午前中に学年リレーという大種目を控えている。
私はリレーという種目が1番嫌いだ。
足が早い人はヒーローになれるけど足が遅い人はクラスにとって邪魔な存在でしかない。
迷惑かけるから出たくないと思っていても強制的に出なくてはいけない。しかも個人種目とは違って各クラス6人ずつしか走らないから必ず注目される。公開処刑だ。
  勿論私は運動が苦手だ。中学生の頃は吹奏楽部だし、高校では吹奏楽部が練習が厳しいという理由で入部しなかった。帰宅部である。そんな人が足が速いわけがない。
私が気付かない間に終わっていればいいのに。常にそう思っていた。
  ふと、前の椅子を見た。校庭の一番中央側、つまり先頭の椅子に恵里奈は無言で座っていた。メイクも薄いし、髪の毛も簡易的な一つ結びである。
本当だったら4人で仲良くお揃いで楽しくやれたのに。これまでとは別に寂しいという感情が私を襲った。しかし、話しかける勇気はなかった。
  人間の感覚とは不思議なもので、嫌なことを控えているとそれまでの時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。いよいよリレーの時間である。私達2年生は入り口の方に召集された。
「嫌だなー走りたくない」
私は自分の心情を露骨に表した。
「別にいいじゃん、半周だから疲れないし」
美香はフォローのつもりで言ったのかもしれないが、疲れる疲れないの有無ではない。と心の中で突っ込んだ。
咲はこれから走るというのにも関わらずクラスの男子達と走り回っていた。どこまでも能天気な人間である。
  ついに前の種目が終わり、いよいよ2年生のリレーが始まる。私の緊張はピークに達し、心臓の鼓動が今にも聞こえてきそうな勢いだった。
私の出走は7番目である。だから奇数側の列に向かった。
いよいよリレーの始まりである。各クラスの一走者目が、スタートのピストルを待つ。
「パンッッ!!!」
ついにスタートした。私達3組は1位に僅差の2番手と健闘している。このまま上手くいけば簡単に抜くことができる距離である。早くも2走者目にバトンがパスされた。
「うぉー!!」
ここで一気に1位の5組を抜いた。5組の2走者目は女性だったからである。
そのまま5メートルくらいのリードを築いて3走者にバトンを繋いだ。
私達3組はトップをキープしたままついに、私の出走となった。
配置についた時はもうすでに心臓が飛び出しそうになっていた。
「麻里〜!!行けー!!」
美香と咲の声援がよく聞こえた。私は美香と咲に笑顔を返そうと顔を美香と咲のほうへ振り向いた。
しかし、私の視線は手前に座っていた恵里奈に向いた。
あの恵里奈が、か細い声で必死な顔になりながら私を応援していたのだ。
正直声は聞こえなかったけれど確実に精一杯、彼女は応援していた。
その瞬間鳥肌が全身巡った。そしてその余韻に浸る間も無く、私にバトンが渡された。
ただのプラスチック製のバトンがとてつもなく重く感じた。



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