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「語る」ことの意味。

語る行為は、相手との関係によって生まれる。

社会言語学者Labov (1972)は、幼児の語る過去経験の物語には2つの機能的側面があるという。

1つは、参照的機能。経験の時間的順序に則ったもの。例えば、いつ、どこで、だれが、何を、など。語る相手と日常経験を共有する機会が少ない場合、語られる内容には、活動や叙述が多く、感情表現は少なくなるという。

もう1つは、評価的機能。報告されるエピソードの評価や重要性を伝えるもの。例えば、どのような気持ち、どのような考え、どのような捉え方をしたか、など。語る相手も同じ経験を共有している場合、その語りの目標は、自分の経験した出来事を配列して語るというよりも、その相手と感情面などの個人的経験を共有したいということになる。

幼児は、過去経験を語る際、すでに語る相手や語る目的の条件によって、言語化する出来事の情報内容を調整している。特にその語る相手とどのような関係を築いているかが重要になる。

だから、幼児も含めて人にとって過去経験を語るとは、目の前にいる人との関係性にもとづいた共同作業であるということもできる。

まさに人と人との「コミュニケーション」であり、語る人にとっては、この人だからこそこれを語りたいという目的が重要になってくる。

もし、自分と相手の関係性のありかたを問うことなく、語りを聴く人の意向に沿うような語り方で語らせるようなことがあるとすれば、考え直さないといけないかもしれない。

なぜなら、語ることは、語らせることよりも遥かに難しいのだから。

この人ならこれについて語ってもいい。この人とこれについて語り合いたい。このように語ることの意味を大切に共有し、深めていける関係でありたいと思う。