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捨てる神あれば拾う神あり

週末、なんだが嬉しいことが重なりました!ここしばらく神様には見放され気味だったけれど、「捨てる神あれば拾う神あり」だなぁと、しみじみ。

いつも♡をくださる方、感想をくださる方、本当にありがとうございます。なかなか感謝の言葉を伝える機会はないけれど、あらためて伝えたい。

いちどほとんど全てを失い、社会復帰を目指してリカバリー中の自分にとって、noteというコミュニティーは、大げさではなく、一つの確かな生命線となっています。

noteでの私は、とても自由です。リアルな関係ではなかなか吐き出せない思いを、好きなように書くことができます。Twitterでは伝えきれない思いを、1,000字も2,000字も使って心ゆくまで発信することができます。

そして、それを読んでくださる方がいる。同感し、励まし、RTし、アップすると毎回すぐに♡をくださる方がいる。その度に、自分の存在を肯定されたようでひたひたと嬉しくなるのです(とはいえ、肯定的な感想だけでなく、建設的ご批判も学びになるので有難いです。念のため)。

「今の自分は社会的に存在意義があるのか」なんて、今でも時々へこんでしまう日々を過ごしている身にとっては、自分のnoteに反応をいただけることによって、また、noteという居場所を得たことによって、「生きていてもいいんだよ」「あなたの存在は意味があるんだよ」と言ってもらっているような気がするのです。

大げさだと思われるかもしれません。しかし、心の病はたくさんのものを奪います。体験せずに理解するのは難しいと思いますが、今まで一生懸命築き上げてきたキャリアや信用、人間関係や趣味、自己尊厳、自己肯定感、自己効力感…。自分の世界が足元から揺さぶられ、そうした全てのものが音を立てて崩れ落ちていく、そんな感覚を覚える病気です。

元来怠け者で、リカバリー中(=常にエネルギー不足)の自分が、もう40日ほどnoteの更新を続けられているのは、このような背景があるからにほかなりません。今は「書くことで、なんとか自分の生をささえている」、といったらかっこよすぎでしょうか。

とにもかくにも、noteがあって良かった。書くことが好きで良かった。読んで応援してくださる方々、noteというプラットフォームを世に出してくださった方々、ご縁のあったすべての方々に、感謝の気持ちを込めて。

ありがとうございます。




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