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ハッキリした物言いに憧れはするけれど…

嬉し恥ずかしの初ノートです。わくわくです!

ふと思い立って2週間ほど前からRadioTalkで配信を始め、今日までに16本ほどアップしています。聞き返してみると、噛み噛みはもちろんのこと、「えー」とか「あのー」「うーん」といった言い淀み、そして「…」といった空白がけっこう多いんですよ。どの回も、なんとなく言いきっていない印象です。しゃべりが拙いという以外にも、これには理由がありそうです。

「なぜ歯切れ良い発言ができないのか問題」に関しては、いくつか思い当たる節があります。例えば、病気による自己否定感の強化、自尊心の低下といった理由。併せて大きいのは、マジョリティからマイノリティに華麗なる変身を遂げた(笑)という実体験です。

日本で大学を卒業し、4年ほど勤めてカナダに渡った私は、特に問題なく異文化適応し、新しい刺激に満ちた異国での毎日を楽しんでおりました。風向きが変わったのは3度の流産を経験した渡加10年弱といった頃です。初めての妊娠、そして立て続けの流産により初めてのうつ状態を経験した私は、その後もフルタイムで働きながら良くなったり悪くなったりを繰り返し、ここ数年は休職せざるを負えない状態となりました。それ以来、うつとの付き合いはかれこれ10年以上になります。

カナダに来た時点で外国人=マイノリティとなっていた私ですが、うつエピソードを繰り返した過去10年ほどで、更に私の「マイノリティ色」は強まっていきました。女性であり、有色人種であり、移民であり、ESLであり、うつ持ちであり、無職であり… 私が属するこれらのグループは全て、マイノリティとカウントされます。

マイノリティへの道を進むにしたがって、以前には見えなかった様々なことが見えてきました。例えば、ダウンタウンでよく見かける、物乞いをしている若いネイティブスピーカー(カナダ人といってもいいのですが、厳密にいうとESLの移民もカナダ人なので)。以前なら「移民でも苦労しながら頑張って働いているのだから、カナダの教育を受けた英語ネイティブが働かないなんて」と憤りを感じていたのです。しかし、充実した生活をし、精神的にも経済的にも自立していた自分が、たった数年の間にあっという間に社会の端に押しやられた経験をしてからは、以前とは違った目で彼らを見るようになりました。

ー外見は普通に見えても、精神障害や発達障害を抱えているかもしれない。
ーいじめがひどいから退学するしかなかったのかもしれない。
ー親の虐待から必死に逃げてきたのかもしれない。
ーDVの被害者かもしれない。

自身がマイノリティの立場を経験することによって、物事を以前より深く考えられるようになったようです。可視化されている表面だけを見てジャッジするのではなく、水面下に広がるあらゆる感情や個人・社会的問題を想像することで、未知の領域を見たり感じたり触れたりすることができるようになった-これはマイノリティになったからこそ得られた、尊い気付きだと思っています。

人は見た目じゃわからない、という当たり前のことを、頭ではなく、心で実感したことによって、以前にもまして物事を「言い切る」ことに躊躇するようになりました。年を重ねても「知らないこと」や「想像外の苦しみや思い」は山ほどあるーこれが、はっきり言い切る威勢のいい人間に秘かな憧れを抱きつつも、「物事そう簡単に割り切れない」という思いが強い自分が、ラジオで「えー」とか「あのー」「うーん」と言ってしまう理由です。

拙いしゃべりですが、お暇な時にでもお聞きいただけると嬉しいです。
https://radiotalk.jp/talk/140506 『人生は、山あり谷あり平地あり』



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