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自分のペースで生きていますか?

まだ眠る街という表現があるが、土曜の朝、まだ眠る住宅街に散歩にでた。平日に比べ、動いているものの気配が少ない。曇り空の下、静かな道を静かに歩く。

前方にランナーがいる。彼女と私の距離はゆっくりとひらいていく。横道からバイクの男性が飛び出てくる。あっという間にランナーに追いつき、あっという間に私の視界から消える。

腕を回しながら歩いているおじさんを追い越す。その私の脇を自転車が走り抜け、その自転車を車が追い越していく。

立ち止まって犬にトリートをあげている女性を追い越す。しばらく歩き、写真を撮るために立ち止まっているうちに、再び彼らに追いつかれる。

幼児連れのお母さん。ベビーカーには赤ちゃんが眠っている。幼児の歩にあわせ、木に触ったり、石を拾ったり、ありを眺めたり。数歩進んでは止まり、また数歩進んでは止まる。


進む速度は人それぞれ。それぞれに心地よいペースがある。それは、日によって、健康状態によって、精神状態によって、同じ個人であってもしばしば変動する。

歩くペースがいちばんしっくりくる人。
走るペースがいちばんしっくりくる人。
自転車のペースがいちばんしっくりくる人。
車のペースがいちばんしっくりくる人。
鈍行のペースがいちばんしっくりくる人。
快速のペースがいちばんしっくりくる人。
特急のペースがいちばんしっくりくる人。
新幹線のペースがいちばんしっくりくる人。
飛行機のペースがいちばんしっくりくる人。

今のあなたにしっくりくるペースはどれだろう。もちろんどれでもいいのだが、自分の心地良いペース、無理のないペースで進むことは、案外大切なことのように思う。

元来の私は歩くペースがいちばんしっくりくる。せいぜい自転車。車で進むのは便利だが、私にとっては速すぎる。歩きながら空を眺め、可愛い犬がいれば頭をなで、きれいな花が咲いていれば写真を撮り、知り合いに会えば立ち話をする。そんなペースが心地よい。

うつで休職する前の私は、自分のペースというものを完全に見失っていた。アクセルのみ、ブレーキのない車で日々暴走していた。恐ろしくて減速したくてもブレーキが見つからない。ついには壁に激突するまでアクセルを踏み続けるしかなかった。

あの頃、何らかの方法で減速し、車を乗り捨て歩き出せていたら、自分との乖離はあそこまでひどくならずにすんだことだろう。

自分のペースで生きていないサインは、体の、心の、あらゆるところに現れる。絶え間ない違和感、原因不明の恐れ、果てしない絶望感、理不尽な怒り、自暴自棄の傾向、無力感と諦め、エネルギー枯渇、頭痛、めまい、体のこわばり、原因不明の痛み、不眠あるいは睡眠過多、体重増減、活動低下などなど。

社会生活をしていれば、歩くのが好きでも、たまには飛行機に乗らなくてはいけないこともある。新幹線であちらこちら行ったり来たりしなくてはいけない時期もあるだろう。でも、どんな時にでも本来の自分のペースに戻れる時間を確保することをおすすめしたい。

どんくさくても、距離を稼げなくても、人が2時間で着くところを半日かけて到着しても、そんなことはどうでもいい。大事なのは「自分の心地よさ」にあくまでも正直に歩を進めていくことだと思う。


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