20181122-24 桂春蝶特別企画独演会「落語で伝えたい想い」3Days@神戸新開地喜楽館

2日目に開演時間を1時間間違えて、喜楽館に着いたらちょうど「御先祖様」の本編の始まったところで、ロビーのモニターでゆっくり拝見させていただいた以外は、ほぼ3夜、楽しませて頂いた。

時系列に3日間のことを書き出していくとあまりに長文になりそうなので、適当にはしょりながら。

前にどこで書いたか思い出せないけど、おそらくは映画、テレビドラマ、そういった時系列の編集を前提とした口演なのが、いかにも現代的な落語だなと思う。「ニライカナイ」の夫婦の最後の再会のところに、お互いの贈り物を渡しあうシーンがカットインしてくるところなどは言うに及ばず、約束の海でも1985年とエルトゥールル号遭難の時間軸の往復、今日の茶粥屋綺譚も時系列の行き来はなかったが15年という割と長い時間の経過を挟んでいる。
聞く側にとっても、そういうリテラシーが求められる側面はあるし、割と出入りの自由な寄席などでは難しい、こうやって独演会というスタイルでやっていくというのがあっているのかも知れない。まぁ、それは、江戸落語と違って、上方落語が江戸の寄席で言う色物的な要素が、少なくともあたしがテレビで花月や角座の中継を見ていた頃合いには強く、しっかりした大ネタは、大御所ならホールで、若手なら太融寺みたいなところや公共施設の公民館、あるいは会議室のようなところを開拓してきたからこそできるというのもあるのかも知れない。

さらに春蝶、筋立ての構成だけでなく、演じている距離時空といった次元の行き来がさらにすごい、というか、余人の追随を易々と許さない。
本筋の中に、現実の世界や芸人のネタをさらっと入れるというのは、それなりに腕のある噺家なら誰でもできるのだが、本編の途中でいきなり「ちょっと関係ないこと言うてええ?」と、枕で使うようなネタを急に話し出してそこから自然と本編に戻したり、1つの噺なのに、時間軸の前後だけでなく、X軸Y軸Z軸の3次元、さらに時間軸にフィクションとリアル、さらには俯瞰したメタな視点を縦横無限に動き回る。ここまで飛躍して本筋に戻るなんてすごいことをできるのは、あたしの知る限りでは、居島一平くらいしかない。
アイデアも突拍子ない。「看板のピン」、元博徒の親父の堂々としたイカサマが鮮やかでかっこいいところを、これを公家の麻呂に置き換えて演じるという「……一体何を飲み食いしたら、こんな発想が出てくるのか」としか言い様のない奇想。
ふと、「上方落語の、三遊亭圓朝」にさえなれるのではないかと、つい妄想してしまう。

それも、奇をてらった芸ばかりではない。
今日のちりとてちん。いつも知ったかぶりをする武に腐った豆腐を食べさせるのを思いつく瞬間の、一言も発せず物音一つ立てず、ただほんの少し頬を上げて。
たったそれだけで、旦那はんが、ただ「いつも知ったかぶりをしている武をからかってやろう」という悪戯心の延長線ではない、まさに人間が悪に目覚めたのかと思わせる、わずかな演技。家中が、その悪で一枚岩になるという、人というのがえげつないものだからこその面白さ。

そして、楽日大トリ、「茶粥屋綺譚」。無論、及第点の面白さなのだが、正直、まだ噺としては十二分には練り切れていない。
それでも、(「知覧」がまだ聴けていないのだが)これまでの「伝えたい想い」シリーズが、面白い、素晴らしい作品であると同時に、演者も、そして聞く側もどこかしら緊張感を持って聴かないといけない作品であったのに対して、郭話としては梅毒に触れたりと決して奇麗にすませようというものではなかったが、それでも、これまでの、まるで春蝶さん自身が身を削って創作し演じていたかのような作品とは少し違い、正直、ほっとした。
「ニライカナイ」を、お弟子さんでなくていい、東西問わない、何なら天狗党でもいい、でもこれを語り継ぐには相当の技量と覚悟が必要だろう。でも、「茶粥屋綺譚」なら、まだハードルは低いし、その噺家なりの改作も割とやりやすいと思う。いかな天才であろうとも、自作に常に筆を加えるのは難しいだろうし、他人の目からだからこそ、改作というのはうまくいくものだとも思う。

個人的には、演じる技量、アイデアのすごさ、落語の原点回帰、を一度に味わえた3日目が、一番収穫があった。
そして、その3日目の収穫が、どことなく12月の「芝浜」の予告編にも思えてきた。いや、江戸の落語家が芝浜を年末にやるのは、半ば恒例行事みたいなのもので、一之輔はラジオで「年末になるとやってくれやってくれと言われるけど、あんまりやりたくないんですよ」とどこかの松之丞wみたいに愚痴っていたけど、これを年末の神戸に持ってくる。今伝わっている形に忠実に、上方言葉に置き換えるだけにするのか。場所は、芝のままにするのか、須磨か堺辺りに移すのか。人情話のままにするのか爆笑改変するのか(何しろ、談笑の「シャブ浜」なんてぶっ飛んだ改変まで、江戸ではやっているんだから何でもありなネタでもある)。年末最後、なんか聴かずにはいられなくなってきた(,,゚Д゚)
そういえば、「芝浜」も圓朝作と伝わっている。あたしの心の中では、そっくりそのままやっても面白いけど、「21世紀の上方の圓朝」がどこまで挑めるか、という勝手な期待もあるのであった(,,゚Д゚)

蛇足。
今日の話の中で「いい話を聴きたい人は、明日、教会に行ってください」という節があったけど、そういえば、喜楽館の斜め向かい辺りに、「湊川伝道館」という、賀川豊彦が社会救済や生協活動(なので、旧灘神戸生協、現コープこうべは日本で最大規模の生協組織なんです(,,゚Д゚))の中心地とした教会があるんでした(,,゚Д゚)

#桂春蝶

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