_自分探しの旅は_無意味じゃない_

「自分探しの旅」は無意味じゃない。




2019年のゴールデンウィークに、バックパッカーとしてタイとカンボジアを旅してきた。これが私にとって初の自力での海外旅だった。


私が旅に出た理由は特に対したものではない。「海外に行きたかった」からである。単純に面白そうだったからである。しかし単純な割には強い意志だった。

この感情は中学生くらいから持っていたが、なかなか1歩を踏み出せずにいた。なぜなら、「1度決めたことを全てしなければいけない」と思い込んでいたからである。部活やサークルにリソースを割いた結果、旅に出る余力は無かった。

大学2年になったことをきっかけに決心して、所属していた軽音サークルから距離を置き、旅に行くことを決めた。


計10日間ほど海外にいた。前半はタイ、陸路で国境を越え、後半はカンボジアで過ごした。いろんな世界遺産、食べたことのない食べ物、自分たちで行き先を決められる自由さ、全てが新鮮だった。


その4日目くらいに、友人とバンコクからアユタヤまで行くことがあった。

タクシーを捕まえて、高速道路を片道約2時間。友人と2人で車内。何から話し始めたのかは全く覚えていない。でも、もの凄く深い話をした。私は持っていた悩みを全てぶつけた。


家族。

学校。

恋愛。

キャリア。

職場。

信念。


何を売ってるのかわからない店、全く読めない看板、建物ひとつない草原を見ながら、永遠と話し続けた。

アユタヤについた頃には自分の中身が空っぽになるんじゃないかと思った。普段は自分のコンフォートゾーンがかなり広く、話したくないことが山程あり、それを話してしまうと、自分の情報全てが誰かに共有され、自分の存在価値が無くなってしまうと思っていたからである。


でも、空っぽにはならなかった。むしろ、もっと多くのもので満たされた。

自分の中でも抽象的に捉えていた感覚を人に話したことで、自然と整理され、それを「アイデンティティ」と呼べるレベルまで昇華することができた。


アユタヤに着いて、遺跡を見て、ゾウに乗って、Tシャツを買って、1日観光した。

帰りも同じ、2時間かけてバンコクに帰ってきた。帰りは逆に、友人から話を聞き続けた。友人の話にも莫大なエネルギーが内包されていたが、聞き続けることは全く苦痛じゃなかった。

友人は私よりも複雑な人間関係を持っていたり、自分を表現する上での大きな悩みを持っていた。だんだん聞きながら「私はなんであんなことで悩んでいたのだろう」と思った。

友人の悩みを私は解決できたかどうかは全くわからない。でも、私が話を全て聞いてあげたことで何らかの答えが見つかったなら幸いである。


その日の夜、他の旅をしていた友人ともこのことについて話してみようと思ったが、できなかった。あの場所、環境、その友人の包容力によって自分が相談できたことにそこで気づき、もっと友人に感謝しなければならないと思った。


旅はまだ折り返してもいなかった。でも、目指すべき目標は見つかった気がした。


私は「自分探し」のために旅に出たわけではない。前述したが、「海外に行きたかった」だけである。でも、自分は見つかった。自分の信念、目標、夢が見つかった。たくさんの経験をして、たくさんのことを学んだ。


だから私が言いたいのは「自分探しの旅は無意味じゃない」ことである。


2006年ドイツW杯後、中田英寿氏は現役を引退し、約9年に及ぶ自分探しの旅をした。このときの世間の評判は良くなかったと幼かったながら記憶している。でも、本人はその後、団体を立ち上げたり、起業したりと、確実に私の目からは「自分が見つかった」ように見える。

決して信念や考えに関して他人が干渉することはできないし、規定もできない。その人がやりたいと思ったことをやる権利がある。

旅で見つかることはたくさんあるし、重要なことばかりだと思う。だから、自分が何者なのか、何がしたいのかわからない人には是非、旅をして欲しいし、旅をすると決めたその人を絶対止めようとしないで欲しい。


そして旅を終え、日本に帰ってきてから、周りの環境が大きく変化した。

日本中に泊めてもらえる友達ができた。行きたいと思える場所がたくさんできた。いろんな経験を持っている人に会いたいと思うようになった。旅する友達がもっと欲しくてTABIPPOにもジョインした。

そして、自分の目標全てを実現するためにはあまりにも自分のリソースが足らないことにも気づいた。


高校3年生の4月、右膝の前十字靭帯を断裂し、総体を前にサッカー部を引退した。全治半年と診断され、長い間まともに歩くこともできなかった。ポジションを掴み始めた矢先でもあり、監督にも「期待していた」と言われた。何より、総体という節目をチームメイトと共有できず、距離が生まれてしまったのがとても悔しかった。


自分がいつまた歩けなくなるかわからない、自分がこれからどうなるのかわからない、だから、できるときにやらないといけない。

全てはできないのなら、1つずつやっていくしかない。1つずつ行きたい場所に行くしかない。


自分の感情に正直になって、体が動く内に、旅をして、様々な経験をして、自分を探し続けたい。



ここまで読んで頂きありがとうございました。

それではこの辺で。

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カズマニシムラ / Maxyy

音楽を作ったり、旅したりする19歳。ラーメンが好き。noteは思考と活動の備忘録。

Feelings by Kazuma

自分の経験、考えを自分なりの解釈で表現します。いずれ有料化するかも知れません。
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