祖父の車
新年度からだろうか。
これまで夜19時以降と日曜日くらいしか手数料のかからなかった地元の銀行の「手数料無料時間」が短くなってしまったのは。
家の近所にその銀行のATMがあって、「手数料無料時間」終了直前に家を出て車を飛ばした。財布の中にお金がないのに、週末に予定を入れてしまって後悔。ちゃんと確認しないと。
車に乗り込んだ時には「手数料無料時間」終了5分前。
途中信号に捕まって、「これは間に合わない」と思った。
就活中は選考優先でバイトが出来ていなかったので、一時大学とバイト先を行き来していた頃とは対照的に、今は通帳すら見たくないレベルで残高は心もとない。
108円とか、そんな手数料を気にしなくていいくらい稼げる社会人にならなきゃ、と思った。
ATMに着いたのは、車の時計が18時を指したあと。
19時までだった「手数料無料時間」は最近1時間短くなった。
とぼとぼと自動ドアをくぐって必要な分だけお金をおろした。
でも、残高の表示が計算と合っていない。
…あれ?
手数料、かかってない。
時間を確認できるものも持たずに家を飛び出していたから、慌てて車に戻ってエンジンをかける。
18時3分。
確かに、「手数料無料時間」は過ぎている。
お金をおろすのに何分もかからないし、おかしい。
とにかく、今日は夜から予定が入っていたからすぐにまた車を走らせた。
ちょっと走ったところで、ラジオから18時を報せる時報が聞こえてぎょっとした。
車の時計は、18時5分。
ああ…、と思い出した。
この車は亡くなった祖父から譲り受けたものだった。
勤勉でしっかり者の祖父は、時計を5分進めていたんだ。
通信簿を見せると「勉強がんばって偉いね」といつも誉めてくれた、大好きだった祖父。
年に数回しか会わない祖父の「偉いね」は誰よりも純粋で、真っ直ぐで、大好きだった。
この「5分」に、私はいつも助けられてきた。
高校時代、寝坊してバス停まで母に送ってもらう時も
「間に合わないじゃん!」
と自分を棚に上げて、ひとり苛つく私に
「大丈夫。この時計、5分進んでるから」
と母は言ってくれた。
だからいつも、学校には間に合っていた。
それと、もう1つ。
祖父の車は、いわゆるマニュアルタイプ。
ギアを手動で変えなくちゃいけない。
自宅にある車で、私が自由に乗れる車はこの祖父の車だけ。
免許をとる時も、迷うことなくマニュアルを選んだ。
当時はバイトを沢山やっていたから、教習費も自分で出していて、
マニュアルはオートマより2、3万円高いことは最初から知っていた。
でも、大学1年生の私は、金額よりもずっと
祖父のためなら頑張ってもいいかな、なんて思っていたのかもしれない。
「え、マニュアルなんてとるの?」
と言われても笑っていられた。
教官に言われた時は、さすがにちょっと傷ついたけど。
祖父が亡くなったのは、中学の頃。
でもずっと、守ってもらっているなあ。
そんな風に思った夏の夜。
おじいちゃん似だねえって言われると、嬉しい。
ちゃんと稼げる、大人にならなきゃ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?