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コミュニケーションは決して取り消すことはできない

今更ながら、ラジオのアプリをスマホにダウンロードした。移動時間の使い方にバリエーションを付けてやろうというわけだ。

いろいろな局に合わせているうちに、放送大学にたどりつく。よく考えれば、様々な分野の学問がこうして聴けるというのは、贅沢な話である。思わぬジャンルとの出合いもあるかもやしれんし。

そこで、たまたまやっておった「コミュニケーション学入門」を聴いていると、こんな言葉が飛び込んできた。

「人は生きている限りコミニュケーションから逃れられない」(関西大学教授・桝本智子)

コミュニケーションとは、言葉だけには限らない。

身振り手振り、しぐさや態度など非言語コミュニケーションまで考えると、なるほど、他者と生きることは、すなわち、コミュニケーションそのものだともいえるだろう。以前、「話を聞くとは何か」の記事で書いた、傾聴もコミュニケーションの一つだ。

講義は、コミュニケ―ションの基本原則へと進む。印象的だったのが、次の原則だ。

「コミュニケーションは決して元に戻せない(不可逆性)」

失言をしてしまい、誠心誠意の謝罪をして、相手に受け入れられたとしても、放った言葉が消えることはない。訂正しても、取り消しても、それは、また新たなコミュニケーションを追加したに過ぎないのである。

言語に限らないのだから、相手にとった態度もそうだ。失礼な態度をとがめられて、心から反省して、以後気をつけたとしても、そのコミュニケーション自体を取り消すことはできない。ぞんざいな聞き方も、また取り消すことはできないコミュニケーションの一つである。

テレビでは連日、会見が続いている。問われるのは「言葉の真意」。吐いた言葉は取り消せない。それを痛感したときには、時すでに遅し。それでも、コミュニケーションを重ねながら、僕らは生きていく。逃げるわけにはいかないから、せめて、流されず、ごまかさず、そのときの自分の本気を伝えなければなあ。












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