マガジンのカバー画像

小説の短編集

56
小説の短編集。
運営しているクリエイター

記事一覧

貧民街の神社(カルマティックあげるよ ♯162)

貧民街の神社(カルマティックあげるよ ♯162)

天候にも恵まれたある日、エツと二人で車を走らせながら、いくつもの神社を巡りお参りをしていた。カーブの続く山道を走り抜け、その日3社目の神社に辿り着いた。その神社は周辺でも有名な貧民街の中にあった。

車を降りて境内の入り口へと向かう。舗装もされていない土がむき出しの狭い峠道に面した入り口前には、拝殿のような小さな建物が佇んでいた。手前には賽銭箱があり、大勢の参拝客が参拝するために並んでいた。6人程

もっとみる
ナイト・オブ・シンクロニシティ:後編(カルマティックあげるよ ♯150)

ナイト・オブ・シンクロニシティ:後編(カルマティックあげるよ ♯150)

不思議な一夜の記録、後編。

前編はこちら

真夜中の田舎道を、僕ら3人を乗せたジムニーは進んでいった。先ほどまで走っていた車通りの激しいバイパスとは打って変わって、周囲を走る車はほとんど見当たらない。時折対向車がビームライトに照らされながらすれ違っていくだけだ。あたりは田舎によくある敷地の広い民家ばかりで、すでに灯りを消している家も多く、点灯している家も広い庭ゆえ光は遠くに見えたのだった。植木が

もっとみる
ナイト・オブ・シンクロニシティ:前編(カルマティックあげるよ ♯148)

ナイト・オブ・シンクロニシティ:前編(カルマティックあげるよ ♯148)

これから記すことは、僕とエツとトシが共に遭遇した、ある不思議な一夜についての記録である。

学生生活の終わりを目前に迎えた、大学4年生の3月。卒業制作展という美術系大学特有の一大イベントも終わり、学生達はみな新たな環境での生活に向け各自準備に追われつつも、残り少ない学生生活を謳歌していた。自分の周辺はどうだったかと言うと、エツは大学院への進学、トシは半年間の留年が決まっていた。そして僕はのらりくら

もっとみる
遠藤ミチロウさんの想い出・後編(カルマティックあげるよ ♯136)

遠藤ミチロウさんの想い出・後編(カルマティックあげるよ ♯136)

前編はこちらから

「ジジイ!ジジイ!ニュージジイ!
 トエンティワンセンチュリーイ!クソジジイ!」

激しくかき鳴らされるアコースティックギターの弦の音、そのボリュームに負けじと叫ぶ遠藤ミチロウの歌声がカフェの空間の中に響きわたった。マイクもアンプもない真のアンプラグドと呼ぶべき弾き語りだが、閉じられたカフェの中を音で満たすには十分すぎる音量だった。

「21世紀のニュージジイ!」

もっとみる
遠藤ミチロウさんの想い出・前編(カルマティックあげるよ ♯135)

遠藤ミチロウさんの想い出・前編(カルマティックあげるよ ♯135)

筆:KOSSE

「4月22日・遠藤ミチロウLIVE、当店にて開催。店内にてチケット販売中。」

それは大学4年生に進級したばかりの、春風の吹く4月初旬の頃だった。散歩のテリトリーだった道を徘徊中、よく前を通るカフェの窓ガラスに、そう書かれたポスターが貼られているのを見つけた。

「えっミチロウさん来るの!?マジかよ!」

驚いた僕は、チケットを入手するため迷うことなくそのカフェの中へと入っ

もっとみる
秋田旅行記(2018.4)その4(カルマティックあげるよ ♯114)

秋田旅行記(2018.4)その4(カルマティックあげるよ ♯114)

2018年4月28日、15時頃。

四同舎1階のお座敷の部屋を見学し終わった僕は2階へと上がるため、階段のあるエントランスホールに向かった。

宙から降りてきた石板が、地表に落ちる寸前で止まったかのような、どこか神秘的な印象を漂わせる螺旋階段。
その1段目に足を乗せる。踏み込んだ感触から、ソリッドな見た目の印象よりとても頑丈な造りに感じられた。続けて、ゆっくりと2段目にもう片方の足を乗せる。さらに

もっとみる
秋田旅行記(2018.4)その3(カルマティックあげるよ ♯102)

秋田旅行記(2018.4)その3(カルマティックあげるよ ♯102)



2018年4月28日、14時過ぎ頃。
僕は見学をお願いした四同舎の中にいた。

四同舎のエントランスホールは吹き抜けの中を螺旋階段が通り、南側に設けられた大小複数の窓から光が差し込むという構造だった。視界のほとんどがモノトーンでまとめられたその空間は一見無機質で冷たい印象なれど、なんだか心がだんだんと晴れ晴れしていくような、不思議な居心地の良さがあった。

挨拶の後、管理者である清水川さんが白

もっとみる
不埒の星のアリス。Ep1

不埒の星のアリス。Ep1

「Ep1:ぬかるみじゃなくて明るい海へ」

これから記すお話は、もう1人のアリスの物語。

大陸から遠くはなれた、だだっ広い海の中にチャプリンと浮かぶ無人島に、アリスという少年が暮らしていました。5歳でブルーハワイの作り方を覚え、8歳でメトロン星人のファンになり、14歳で家出しました。父親は島に漂着したレコードプレイヤーの針で、母親は島の木から落ちたマンゴーのしずくでしたが、アリスが物心ついた頃に

もっとみる
不埒の星のアリス。Ep2

不埒の星のアリス。Ep2

「Ep2:地図も時計もここじゃ洋梨」

新しい島で新しい友と出会い、新しい恋人と新しい夜を過ごした少年アリス。

喧騒にまみれた夜と入れかわるようにやって来た、静かな朝。
港に集うウミネコ達が餌をもとめてミョアーミョアーと叫ぶ声でアリスは目を覚ましました。

キャサリンといっしょにウミネコ達にパンの耳をご馳走した後、ジェフとベニマルスキーと今中慎二投手と合流しました。みんなで喫茶店でピロシキを食べ

もっとみる
不埒の星のアリス。Ep3

不埒の星のアリス。Ep3

「Ep3:サヨナラだけが人生だ」

蔵王で温泉を楽しんだ後、大豊さんのお店で夜通し楽しく歌っていたら、隣に住んでいるバイキング一家に殴り込まれ修羅場を過ごすこととなった少年アリス達ご一行。

バイキングとの大乱闘は翌朝の5時まで続きましたが、双方怪我人が出ることもなく無事に仲直りしました。

「そういえば、この店は俺達が苦労して捕ってきたカジキマグロを唯一買ってくれてるところじゃないか」

と、

もっとみる
洋梨

洋梨

今でも時々思い出す。

20歳、まだ背伸びした学生だった頃。
旅の途中に立ち寄った田舎町のとあるバーで寂しく呑んでいた時、たまたま隣に座っていた名も知らないおじさんが話してくれたことを。

――――――――――――――――――――――

果物ってのはさ、腐りかけがいちばん柔らかくて美味いんだよ。
農家やってる親戚が昔っからさ、箱いっぱいに詰まった洋梨を毎年くれるんだけど、すぐ食べずにしばら

もっとみる
『カルマティックあげるよ』のはじめに

『カルマティックあげるよ』のはじめに

私たちは、この狭い島国の中でぼちぼち日々を過ごす、ごくごく一般的なカーストに属する人畜無害で牧歌的な人間です。
しかし今までの自身の半生を振り返ってみると、常識では考えられないような、不思議で奇っ怪で、因果な出来事がたくさんありました。自分の身から出たハプニングもあれば、他人が起こしたトラブルに巻き込まれることもあったし、移動の最中に意図せず不可思議な光景を見かけたりなど、そのケースは様々です。い

もっとみる