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死神かもしれない(カルマティックあげるよ ♯132)

遅い仕事帰り。
暗く人通りの少ない住宅街の夜道をとぼとぼと歩いていた。

ようやくアパート前に差し掛かったそのとき、突如異様な気配を感じて、私は目を凝らした。
するとアパートの向い側のブロック塀に人影があるではないか。
ハットを被り、トレンチコートを羽織った女性がいるようにみえる。

街灯が点々と離れている暗がりの中では、背景と混ざってはっきりとは確認できなく、それがより一層不気味な印象を与えている。

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なんでこんな時間にこんな場所で?
待ち人かな?
いや不審者かな?

とすれ違いざま、人影はすーっと私の背後へと移動した。
なにか危機感を感じて咄嗟に振り向くと、自分のアパートに隣接する民家の敷地へとぼやーっと消えた。

なんだ?ただの隣人か…。
いや何かがおかしい。
足音もしなかったし、玄関前にある蛇腹の門の開閉音も聞こえなかった。
つまり人間とは思えない動きだったように感じた。
例えるならば、まるで「ストリートファイター」の豪鬼のような滑る動きに似ていた。

でも、まぁ気のせいだろう。

奇妙でなにか腑に落ちない感情にさせられたが、好奇心より、疲れが勝ってしまい、そのまま自分の部屋へと向かった。
そして、明日は休みだから、部屋掃除して洗濯でもしようとか思いながら私は眠りについた。

パリン!

「きゃーっ!」

ガラスが割れるような音と、女性の叫び声が聞こえてきたような気がした。

大音量でサスペンス劇場か?
言い知れぬ騒がしさで、目が醒めた。
ベッド際の曇り窓から日が差し込んでいて、既に昼になっていた。
段々とクリアになってくる意識。

「誰かたすけてーーーー!!!」

気のせいではなかった。
再び女性の助けを求める声が外から確かに聞こえた。

いったい外ではなにが起きている?
暴漢か?
こんな閑静な住宅街で?
ただごとではなさそうだ。
確認のため寝ぼけ眼のまま、ベランダの曇り窓をガラガラと開けてみる。

ツーンと鼻をつく臭い。
一瞬で黒い煙が身体を覆った。
隣の民家から流れてくる煙。
アパートを包む黒煙。
大惨事じゃないか!!

トントントン!

玄関のドアを叩く音。

「火事です。隣の家が火事になりました!このアパートにも火が移る可能性があるのでみなさん避難してください!」

大家さんの先導でアパート住人全員が避難する。
外に出れば住宅街の道が避難者、新聞記者、野次馬で溢れかえっていた。
それほどまでに激しい火事で、現場は騒然としていた。

間も無く消防車がやってきて、消火活動にあたったが、時すでに遅く、なす術もなく、民家はあっという間に全焼してしまった。
燻る焼け跡を前に路上で泣き崩れる身内らしき女性の姿がいたたまれなかった。

幸い私のアパートには飛び火することはなかったので夕方には部屋に戻ることができた。
そして、テレビをつけるとちょうどニュースが流れていて、この火事で2名が亡くなったことを知った。

私はふと昨晩のことを思い出していた。
件の民家に入っていった人影のことだ。
火事との因果関係を考えてしまう。
物凄く恐ろしいものをみてしまったような感覚に襲われる。

あれはなんだったのだろう?
やはり人間じゃなかったのかもしれない。
だとしたらあれは死神だったのだろうか?
不謹慎にもそう思わざる得なかった。
いや、私の見間違いでありたかった。



文・挿絵:ETSU
目次→https://note.com/maybecucumbers/n/n99c3f3e24eb0

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