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ひとひら小説「ばかめ。」

800字のおはなしです。


ばかのように大雨が降る庭をみていた。
三つ葉のクローバーはいじらしくうつむいて、舞い上がる土ぼこりで昼顔には転々と黒点がつく。
いつまでもやまないからいつまでも見ていられる。

いつもやってくる猫はこんなときどこで雨宿りしているんだろう。
来たらいいのに。もう一年以上もえさをやってるけど一度も触らせてくれない。今、飛び込んできたらいいのに。
大雨がきっかけで結ばれる二人ならいいのに。

ベランダと出窓とキッチンの窓と、三方に窓があるから滝のなかにいるみたいな音がする。その音を聞いているうちに果てしなく思考は展開し、あるお笑い芸人と自分がつきあったらどうしようという妄想を真剣にしていることに気づいてハッとなる。

そうではなくて、私は昨日、男の子を紹介されたのだ。
背が高くって肩幅が広くって猫背という、こちらが提示した条件をすべてそろえた男の子を、友達が紹介してくれたのだ。
今度は二人だけでお会いしたいものです。と思ったのだ。
だから、メールをば、打たんとせむのところだったのだ。

そうそう、背が高くって肩幅が広くってねえ。
と思うのだが、顔がもう思い出せない。なにを話したかもいまいちさだかではない。なんとなく優しかったのよ、なんとなくいい感じだったのよ。なんとなくに間違いはないのよ、そうよそうよ。

また、滝の中。

けんかをするとさ、帰り道のコンビニで絶対パピコ買うのね。でコンビニ出たら、無言で片方のパピコ渡されて、それで、なんかもう、ね。ほんとはむこうがパピコを手にとった瞬間、もう許してるのね。仲直りってさあ、仲直りしたい気持ちが見えたらもう仲直りなんだよ。

じゃなくて、メールでした。そうでした。

雨が急にあがって、いきなりむあっと暑くるしい空気がたちこめて、鳩も鳴き出すし大家さんちはさっそく洗濯機を廻しはじめるのだった。
私は動き出すタイミングを完全に失って、誰か扇風機の電源入れてくんないかなあと思っているのだった。ばかのように。


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