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ひとひら小説「たことたこ」

「凧上げしよう」とメールを打ったら「いいけど」と返事が来た。
自分は空を浴びたほうがいい。ビタミンDを作ったほうがいい。

待ち合わせ場所にTがいた。名前を呼ぶと、振り向いて「おう」という。それだけで許されているような気がする。

「お前、真っ白だぞ。ちゃんと寝てるか」
「Tも真っ白じゃん。ちゃんと働いてっか」
「うるせー」
私は笑う。笑うことに驚く。公園のチケット200円也。
「奢ろうか」
「うるせー」
Tはしわくちゃのチケットを取り出す。

芝生はぽかぽかとしている。
「すこし寝よう」
と横になる。
Tはうろうろと私の周りを歩き、やがて私とは頭を逆にして眠ることに決めたらしく、パーカーを脱いで几帳面に敷き、横になる。
フランダースの犬はこんな気持ちだったのか。
私は安心して目を瞑る。

30分ほどして起きると、Tも起きあがり、カバンからスーパーの袋と割り箸を取り出す。
「これ、たこあげの」
「学童で習っただろ」
Tのもちゃもちゃとした指が割り箸を袋に貼っていく。
「これ、むりだって」
「うるせー」
「家から持って来たの」
「うるせー」
「業務スーパーって。もっといいスーパー行きなよ」
「たこ糸結べよ、あんた」

私は愛しさに笑いが止まらない。たこあげなんてするつもりなかった。ビタミン不足の頭で思い浮かんだ言葉を打っただけなのだ。

Tが凧を持ち、私が糸を持って走る。Tは凧を離す。墜落する。
離れたTに叫ぶ。
「どうやって飛ばすんだっけー!」
「てか、走らなくていい気がする!」
大声で話しあうのも凧が飛ばないのもおかしくて、笑いながら走る。凧が地面にガンガンぶつかりながらついてくる。
「絶対ちがうよ、これ!」

Tはある日突然学校を辞めた。以来、ずっとニートをしてる。30にもなって母親を泣かせる最低男だ。理由は聞いたことない。
だけど私はTにしかできないことがあるのを知ってる。世界中でTにしか頼めないことがある。

凧はついに破れた。
「あーあ」
Tは子どもの頃のようにうなだれる。
「ねぇ!」
私は叫ぶ。
「あんた、自慢の弟だよ!」

Tはぎょっとした顔をして、それから私とおんなじ八重歯を見せて、
「イヤミかっ!」
と笑った。

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