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【社会人/博士/体験記】第14回「だから僕たちは、組織を変えていける……?」

こんにちは、白山鳩です! クルッポゥ!

このマガジンは、
働きながら、「博士後期課程="社会人"博士」
を目指す体験談です。

前回の記事はこちら ↓↓↓


さて、今回は、「どこまでがオリジナルなのか」

という、アカデミックな世界で非常に重要となるポイントについて見ていきます。


先行研究とオリジナリティ

さて、大学院という世界に進むにあたり、

指導教員だろうと、

新人の研究者志望向けのちょっとした勉強会だろうと、

しばしば言われるのが、

先行研究を大切にしろ

という教えです。


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簡単に言えば、

オリジナリティを発揮したいなら、
まずは、先人たちの主張(≒先行研究)を並べた上で、
先行研究を補助輪にして、自分なりの考えを発信するのか、
先行研究を批判的に検証して、自分なりの考えを発信するのか、
というステップを踏む必要がある。

ということです。


先行研究へ十分に言及されていなければ、

あなたの意見は、もう他の人が既に主張しているかもしれない
=オリジナリティ、新規性は保証されませんよ
あなたの意見が確からしいかを保証するための土台が不十分ですよ

という目で見られてしまうわけですね。


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一方、先行研究に言及するときは、

どこまでが他人の意見で、どこからが自分の意見かをはっきりさせる必要がある

というのも重要です。


なかなか堅苦しい世界のようにも見えますが、

お互いの意見を尊重するためには一定の手続が必要になる

ということだそうです。


『だから僕たちは、組織を変えていける』

さて、入学前後からそんな教えを意識して過ごすようになった鳩は、

ある日、一冊の本を読むことになります。

「売れている組織論の本らしいよ」

という同僚の言葉に、組織行動論に興味を持つ鳩は、ほいほい買ってしまったといいます。

読んだ感想。

まず、同書の内容はわかりやすくまとまっていて、読みやすく、おもしろかったということを述べておきます。

また、幅広い理論に触れていることが著者の知見の広さを示すとともに、読後、「自分も、もっと勉強しなくちゃなあ」という気分にさせてくれる良書です。


さて、同書は、全体を通して、

①学習する組織
②共感する組織
③自走する組織

が必要な時代になったと主張します。


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(斎藤 2021, p.92)


鳩の目に留まったのは「学習する組織」です。

(共感する組織? 自走する組織? 聞いたことないなあ……。
 自分が知らないだけかな。
 でも、「学習する組織」は有名だからなあ)

ということで、「学習する組織」について重点的に書かれている章を読んでみます。


「学習する組織」は、ピーター・センゲが主な提唱者として有名な考え方です。

同書では、センゲの提唱した「学習する組織」に言及し、このように主張します。

(「学習する組織」へシフトするにあたって)そのためには
「志を育成する力」「複雑性を理解する力」「共創的に対話する力」
を育むことが大切であり、
その核となるコミュニケーションがきわめて重要になるとした。
(斎藤 2021, p.100、括弧内引用者)


「学習する組織」に言及する図書にはしばしば、
この「椅子の図」がセットで現れます
(ここ重要です。あとでまた話します)

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(斎藤 2021, p.102)


「コミュニケーション」は、ここでは真ん中の脚である「共創的な対話の展開」にあたります。


さて、そのあとの同書の展開は、

・「学習する組織」にはコミュニケーションがきわめて重要
 ↓
・コミュニケーションには「心理的安全性」が重要
 ↓
・「心理的安全性」を用意するには……

となっていき、「学習する組織」に関する話というよりも、

体感90%は心理的安全性に関する話が続きます。


「三本柱の1つ」ぐらいの勢いで「学習する組織」が書かれていただけに、センゲの「学習する組織」の理論についてまんべんなく深掘りすると思っていた鳩にはショックでした。

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……しかし、ショックと同時に、どうも奇妙な違和感もあり、鳩は同書を読み返していきます。


最初の違和感:黎明期のAmazonは「学習する組織」?

最初の違和感は、「学習する組織」が同書で初めて登場したシーンです。

(インターネットによる「デジタルシフト」の時代となり)
過酷な競争の中で頭角をあらわしたのは、
顧客の価値を徹底的に追求し続ける、
Amazonやグーグルのような「学習する組織」だった。
(斎藤 2021, p.27、括弧内引用者)

Amazonやグーグルが「学習する組織」……?

そういう主張を見たことがなかったので、ふと本を読む手が止まります。


Amazonなんかは、

ロングテールである本屋事業を手始めに、デジタル時代にプラットフォーム事業を持ち込むビジネスモデルと、
これを推進した創業者のジェフ・ベゾスの強力なリーダーシップとが、
インターネット黎明期のKSFだったはずで、

「学習する組織」のおかげで、頭角を現したのか……?


いや、まあ、いまのAmazonは「学習する組織」なのかもしれません。

そして、そういう研究があるのかもしれません。

(しかし、自明のように書かれているのはどういうことなのか?
 著者の思い込みではないのか?)

と、考えてしまいます。

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次の違和感:「学習する組織」の目的は「顧客の幸せ」?

次に目に留まったのは、「顧客の幸せ」というキーワードです。

同書では、3つのパラダイムシフトが起きていることから、それぞれに対応した「組織」が必要だと説きます。

そのうち、「デジタルシフト」に対応するのが「学習する組織」だとするのですが……。

・デジタルシフト
顧客の幸せを探求し、常に新しい価値を生み出す「学習する組織」

(斎藤 2021, p.59)

「顧客の幸せ」という単語に違和感があったのは、
センゲの著書『学習する組織』で「幸せ」という言葉が出てくるときは、
基本的に「学習する本人」の「幸せ」を指しているからです。

十分な数の人々がこの立場、つまり内発的な理由から自分の幸せに全力を挙げる立場をとるようになったときが、組織の進化における決定的瞬間だ。
(センゲ 2011, p.264)

センゲの『学習する組織』は、「学習した個人が成長すること」の重要さは語っていても、
「顧客視点」「顧客価値」の大切さをことさら強調する本ではありません

ちなみにKindle版で検索をかけてみても、「顧客の」幸せという文脈で「幸せ」「幸福」という語が出てくることはありませんでした。

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まあ、

顧客の幸せを探求し、常に新しい価値を生み出す「学習する組織」

という文章が、

「学習する組織」=顧客の幸せを探求するもの、と言っているわけではなく、

「顧客の幸せも探求するような学習する組織だといいね」ぐらいの意味かも、

と考えることで次に進むこととしました。


「学習する組織」で最も大切なのは「システム思考」

さて、同書の中での最大の違和感は、次の文章です。

(「学習する組織」へシフトするにあたって)そのためには
「志を育成する力」「複雑性を理解する力」「共創的に対話する力」
を育むことが大切であり、
その核となるコミュニケーションがきわめて重要になるとした。
(斎藤 2021, p.100、括弧内引用者)


ここで、センゲの著書の翻訳本のタイトルを見てみましょう。

『学習する組織 ― システム思考で未来を創造する』


そう、センゲが最も重要だと言っているのは、「システム思考」なのです!

これは、センゲの「椅子の図」では、右側の脚にあたります。

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(斎藤 2021, p.102 集中線引用者)

図中の ①自己マスタリー ②共有ビジョン ③メンタルモデル ④チーム学習 ⑤システム思考の、「五つのディシプリン」のうち、最も重要なのは「①システム思考」だとセンゲは主張します。

五つのディシプリンが一つの集合体として展開することが非常に重要である。これは生やさしいことではない。新しいツールを一体化させるのは、単にそれらを別々に用いるよりもずっと難しいからだ。
だが、その見返りは非常に大きい。
だからこそ、システム思考が第五のディシプリンなのである。
システム思考は、すべてのディシプリンを統合し、融合させて一貫性のある理論と実践の体系をつくるディシプリンである。

(センゲ 2011, p.48)

たしかにセンゲは、「五つのディシプリンのどれも欠くことはできない」という旨の主張はしていますが、

「きわめて重要」としているのは、「システム思考」です。

「コミュニケーションがきわめて重要と書いても、重要なもののうちの1つだと言っているんだから、大きな間違いではない」とも言えるかもしれませんが、不親切ではあると思います

ここまでくると、同書に書かれている「学習する組織」は、センゲの主張しているものから、焦点を変えていることがわかります。


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たしかに、著者が新しい時代において、「学習する組織」が重要であると考えていることは、同書からよくわかります。

ただ、同時に「心理的安全性」の重要さを主張したかったがあまり、「学習する組織」において最も重要なポイントをいつの間にかすり替えてしまったのでは、というのが正直な読後感です。


「センゲは、システム思考が最も重要だと言っている。
 しかし、私はあえて『コミュニケーション』を重要視したい

といった表現で話が展開されているなら、鳩は特に問題とは思わなかったでしょう。

他人の意見と自分の意見が明確に分離されるからです。


「SECIモデル」は「学習する組織」の文脈で使えるか?

最後に、「SECIモデル」について触れることにします。

また、何やら新しい考え方が唐突に出てきましたが、ちょっと解説しますのでご容赦ください……。


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同書では、学習する組織の「シンプルな業務システムの例」が挙げられていました。

学習する組織
~メンバーの自律性を活かした、シンプルな業務システム

①全体のビジョンを共創する対話の場を設ける
(中略)
⑥組織や個人の学習を知識として共有し、SECIモデルで組織を進化させる
(斎藤 2021, p.277)


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(斎藤 2021, p.278)


「SECIモデル」とは、野中郁次郎氏と竹内弘高氏が『知識創造企業』で提唱した、組織内でどのように知識を創造していくかのモデルです。

知識が異なる知、特に暗黙知と形式知の社会的相互作用を通じて創造されるという前提に基づけば、四つの知識変換モードが考えられる。
すなわち、
①個人の暗黙知からグループの暗黙知を創造する「共同化」、
②暗黙知から形式知を創造する「表出化」、
③個別の形式知から体系的な形式知を創造する「連結化」、
④形式知から暗黙知を創造する「内面化」
である。
(竹内・野中 2020, p.129)


この「SECIモデル」なんですが、
「学習する組織」と同じ文脈で紹介されることがあります。

しかし、「SECIモデル」を生み出した『知識創造企業』を読めば、
著者たちが、自分たちのモデルと似て非なる「学習する組織」やセンゲを批判していることがわかります

(前略)
彼の「学習組織」の実践モデルは、次章で提唱するわれわれの知識創造理論と似ている。

しかし、彼は「知識」という言葉はめったに使わないし、いかに知識が創られるのかに関して何も言っていない


われわれの考えと似ているとはいえ、「組織学習」の文献によく見られる欠点のいくつかは致命的である。
(後略)

(竹内・野中 2020, p.95)

……「同じ扱いをするな!」という怒りが透けてくるような文章です。

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この後、「組織学習」のコンセプトと「SECIモデル」のいくつかの違いが述べられていきますが、ここでは両者の違いを比較することは目的ではないので、詳細は割愛します。

気になる方は、ぜひ本文をご確認ください……。


……そう、本文を読めば、

(うわ、「学習する組織」と「SECIモデル」は似てるけど、
 同じ文脈で使うのは止めとこう……)

と、少なくとも鳩はそう思いました。

あるいは、何かしらの注釈が必要となるはずなのです。


博士を目指して得た視点

前述したとおり、

同書の内容はわかりやすくまとまっていて、読みやすく、おもしろかったですし、

読後、「自分も、もっと勉強しなくちゃなあ」という気分にさせてくれる良書です。

そこは大前提としておいておきます。


一方で、「どこまでが他者の意見で、どこからが著者のオリジナルか」の判断に迷うところがあったのも事実です。


ここまで鳩が書いたことは、果たして、重箱の隅をつつくような議論か、オリジナリティを保証するために必要な視点なのか。

元々人の揚げ足を取って生きるような意地の悪い性格なのもあって、重箱の隅をつつくのに向いていたのかもしれませんが、最近、本を読むときには特にそんな目線になったなと感じます。


とはいえ、どんな立場であろうとも、「ファクトは何か」を考える目線は重要ではないか、と思う鳩です。


珍しくまじめな回となったのですが、

次回は、男子トイレやトンカツ定食で興奮する話です。

お楽しみに。

to be continued....


参考文献

・斎藤徹(2021).だから僕たちは、組織を変えていける クロスメディア・パブリッシング.


・ピーター・センゲ 枝廣淳子他訳(2011) 学習する組織 ― システム思考で未来を創造する 英治出版


・野中郁次郎・竹内弘高 梅本勝博訳(2020).知識創造企業(新装版) 東洋経済新報社.


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