おっぱい募金の是非

■物議かもす“おっぱい募金” 「不愉快極まりない」の声も

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おっぱいバレーという映画もそういえばありましたっけ?

30くらいの日記を一通り拝読してきましたが、私の中では結論に至りませんでした。私はいまだに賛否を明確にできずにおります。両者の言い分がともに面白いというか興味深いものでしたので。

とりあえず「手段」と「目的」というアプローチから。

まず目的であるエイズ撲滅、そのために600万円を寄付したという行為、ここまでは尊いものだと思われます。

問題はその先で。その募金額を稼ぐための手段が「女性の胸を触らせる」ということ。

黒白が明確なら議論にはならんでしょう。たとえば犯罪行為が絡むようなことであれば、目的うんぬん以前にその行為自体そのものがOUTですが、このイベントの女性はおそらく同意しているので明確に黒とは言えません。また募金をするのはその女性達なわけで、サービスの購入者は単にサービスに対する代価を支払っているのでしょう。また、「反対者は代案を出して600万円寄付しろ」というのも一定の説得力を感じます。

じゃあ「白」かというとなんとも。やはり「品」でいえば下品な気がどうしてもしてしまいますし、「良いことだから大々的にやってよいんだ!」と子供の前で堂々と披露できる話でもないでしょう。職業に貴賤はないといいつつも、人類最古の職業に連なる方法を自分の親しい女性にはしてほしくありません。

代案を出せるわけでもなく、かといってこのサービスに参加しようとも思わず、品格の無さに若干の不快感は感じるものの、その「不快感」を相手にどれだけ主張してよいものやら。持論を主張するのなら、相手からこちらに「同等の不快感」を受けても文句を言っては公平性に欠けます。なにをもって「品がない」というのか、具体的な説明も言葉でできていない現状では、自分のことながら説得力に欠けることは否めないのです。

「心情的には否定したいものの、積極的に否定や反対をするほどのことではない」というのが現状の私の考えです。「まあ私と無関係のところで勝手にやる分には許容できるかな」という感じでしょうか。(コメントなどを聞いたらコロッと意見が変わる可能性は多々ありますが)

なにか公共のキャラクターでやたらと女性の胸を強調しており、反対を受けている事例がありましたが、あのあたりは過剰反応だと思うのですが、このイベントにはどうにも心情的に賛同しがたいものを感じております。とはいえ、明確な論理や言葉、代案を示せるわけでもないので積極的な反対をすることもできない・・・という「もやっと感」があるわけです。

私の中の許容できる境界線はこのあたりなのでしょう。

「手段は目的を正当化するか」
「得られる目的や結果に対して手段や過程などをどれだけ重視するか」
「反対だけではなく代案を示せ」
「品格」

というテーマなのでしょうね。「こういうテーマ」を考えること自体はおもしろかったです。自分の考えを深めるためにも、引き続き他の方々のご意見を眺めていきたいと思います。

こういう募金活動が「女性の胸を触る」というものだけでなく「ボディビルダーの胸を触る」「デブの腹をひたすらふにふにする」等様々な派生イベントが生じ「普段触れないものを触れて募金にもなる」系募金イベントというジャンルになればまた風向きも変わるかもとか思ったりして。

CIA(内部監査人)や行政書士資格から「ルールについて」、将棋の趣味から「格上との戦い方」に特化して思考を掘り下げている人間です。