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エル=バシャのプロコフィエフ~新たな名演の誕生~                   <MYCL-00043 CDライナーノート>


現代の巨匠ピアニスト アブデル=ラーマン・エル=バシャ  ©Akira Muto

エル=バシャのプロコフィエフ~新たな名演の誕生~ 

                              下田幸二       

 アブデル・ラーマン・エル=バシャのプロコフィエフでは、まず《トッカータ作品11》の鋭角的な名演が浮かぶ。これは2011年録音のディスク(Mirare)であった。プロコフィエフの演奏で大切なアーティキュレーションは、〔①レガート(フレーズ線あり)、②ノン・レガート(フレーズ線なし)、③スタッカート〕である。①、③以外は、程度の差はあれ②のノン・レガートが基本になるということにおいて、プロコフィエフはある特異な演奏様式を持っていると言っていいかもしれない。エル=バシャのトッカータはまさにこれを忠実に実行し、かつそのタッチのすべてはコントロールされ、唖然とするほどであった。

 そのディスクには、「鋼鉄のように」見事な《ピアノ・ソナタ第2番》も同収されていた。さかのぼると、エル=バシャは1981年に録音された実質的デビュー・ディスク(Forlane)では《ピアノ・ソナタ第1番》も録音しており、その強固なピアニズムで1983年のACCディスク大賞を受賞、「伝説の人」プロコフィエフの元夫人であったリーナ・プロコフィエヴァからそれを授与されるという栄誉を与えられていた。そういう背景もあって、私は「《戦争ソナタ》はいつ録音するのだろう」と思ったものである。
 エル・バシャは1984年にガエターヌ・プルヴォストとプロコフィエフ《ヴァイオリン・ソナタ第1番、第2番》(Forlane)を録音し、さらに2004年にはプロコフィエフ《ピアノ協奏曲全集》(Fuga Libera)のライヴ録音も残している。これは大野和士指揮、ベルギー王立モネ歌劇場管弦楽団とのブリュッセルでの共演で、たった2日間のライヴという凄まじいものであった。エル=バシャは、プロコフィエフにひとかたならぬ想い入れを持っていたのである。
 

2023年5月 東京・五反田文化センターにて収録


アブデル=ラーマン・エル=バシャ(ピアノ)


 このディスクは、待望のプロコフィエフ《ピアノ・ソナタ第6番、第7番、第8番》=《戦争ソナタ全曲》である。4楽章の古典的形式の中で見事な循環形式をなす第6番のなんと規律正しく明快なこと。それがプロコフィエフの感じた戦争と時代の空気であり、エル=バシャはその精神と完全にリンクしている。第7番は“インクィエート”=「不安な」空気を規則的なリズムを奏することで表現した。第3楽章もまったくテンポ、拍節が乱れない。まさに撤退を許されない赤軍である。エル=バシャは「私のプロコフィエフはアグレッシヴというよりは色彩的でしょう」(レコード芸術、2011年8月号)と述べているが、その色彩的な表現を最も感ずるのは第8番である。もっとも、「理知的アグレッシヴ」とでも言うべき面も凄まじいのだけれど。

 ここまでの至芸を聴かされると、エル=バシャには、プロコフィエフ《ピアノ・ソナタ全集》も望みたくなってくるところである。しかし、まずはこの傑作ソナタ群に新たな名演が誕生することを心から慶びたい。

  ※MYCL-00043 CDブックレットにて掲載                    


収録曲&録音

アブデル=ラーマン・エル=バシャ(ピアノ)
Abdel Rahman El Bacha (piano)

 プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ 第6番 イ長調 作品82
         ピアノ・ソナタ 第7番 変ロ長調 作品83
         ピアノ・ソナタ 第8番 変ロ長調 作品84                        

2023年5月9ー11日
東京・五反田文化センターにて収録
<DXD352.8kHzレコーディング>

2024年3月8日リリース MClassicsレーベル
品番:MYCL-00043 SACDハイブリッド盤


「プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第6番、第7番、第8番/アブデル=ラーマン・エル=バシャ」(MYCL-00043)

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Staff

Producer, Recording Director & Balance Engineer: Keiji Ono
Piano Tuner: Hiroshi Toyama
Photographer: Akira Muto
Artwork Design: Shoko Okada 

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