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イヤホンジャックの住人

ノートパソコンの横にある小さな穴に、イヤホンが入らなくなった。

強く差し込んでも奥まで入らず、中に何かがつまっているみたい。懐中電灯で奥を照らしてみたけれど、なにもみえない。
「使ってる時に引っ張ったりして中の部品が曲がっちゃったんじゃないの」と夫は言う。うっかり者の自分ならやりかねないとも思うけれど、身に覚えがなかった。最近はまっているクリスタルボウルの演奏をYoutubeで思いきり聞こうと思っていたのでがっかりする。

15時半、家を出る。今日は早めの時間から串カツを食べることを楽しみにしていた。開店時間の16時すぎに入ると、店内はすでに数組のお客さんで埋まっていた。丸椅子にお尻をのせると同時に、おしぼりをもってきた店員さんが言う。「16時~18時までは全部の串が100円です!」。なんて素晴らしい。

くちびるを油でぬらぬらさせながら、揚げたての串カツとハイボールを流し込む。胃腸が活発に動き、顔が熱くなり、いつもより饒舌になってくると、生きているなあという感じがして、なんだかよくわからないけどすがすがしい。3杯目を飲み終える頃、ようやく日が暮れだした。

19時帰宅。揚げたての串カツがいかに美味しいかを興奮気味に語りながら歩いていたら、あっという間に家の前についた。夫は水をたっぷり飲んで横になり、しばらくするとしずかに寝息をたてはじめた。少しだけ開けている窓からはひんやりとした風が入ってくる。この時期は一年で一番昼夜の気温差が大きいのだと、今朝の天気予報で言っていた。私は机の上のパソコンをひきよせた。

ふとイヤホンジャックの中を覗いてみると、まあるい暗闇の中に白い小さなもやのようなものがみえた。思わずぐっと目を近づけると、初めは真ん中に見えていたそのもやは、すすと横に移動してあっというまに消えてしまい、のぞいても懐中電灯で照らしてみても、もう見えない。一瞬のできごとだった。

このイヤホンジャックにはもう住人がいたのだと私はおもう。ぼんやりしている間に、ヤドカリのように誰か(なにか)がするりとこの穴に入り込んだのだ。となりにはUSBの差し込み口もあるけれど、きっとイヤホンジャックの方が居心地がいいのだろう。入口がせまいし、奥行きがあって落ち着きそう。私だってきっと同じ方を選ぶと思う。
イヤホンをぐいぐい押し込んでいたことをちょっと後悔したけれど、知らなかったのだからしかたないと思い直す。もうこれからしばらくは、ぐいぐいしないから。
少しだけ愉快な気持ちになり、私はパソコンをやさしく閉じるといつもの場所にしまった。


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