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お香

数年前通っていたヨガで
スタジオに入るとなんともいえない
澄んだ心地よい香りのする日があった。

鏡の前に座って
深呼吸をしていると
鼻から入った香りが全身に伝わって
つむじからなにかが
「しゅるしゅる」と抜けて
体に入っていた余分な力が
溶けていくような。

それなのにやたら体は重くて
ポーズをとるのもぐったりで
レッスンの終わりに向けて
体が泣く用意をしていたみたいに
最後のシャバ―サナでは
涙がとまらなくなった。

インストラクターの方にたずねると
オーラソーマのポマンダーのひとつで
スティックタイプのお香だと教えてくれた。
オーラソーマはよくわからなかったけど
検索したらすぐにおなじものがみつかった。

それ以来
集中したいときとか
部屋の空気を入れ替えたいときに
家でも焚くようになった。
ヨガをやめてしまって数年経ついまも
定期的につかっている。
好んで使ってるというよりは習慣、
家の掃除に似ている。


何百回もつかったけれど
あのときのような感覚は、あれ一度きり。

あの日のわたしは
仕事の人間関係に消耗していて
いまよりもっと卑屈だった。
だめ、できない、劣ってると自虐的な一方で
プライドは恐ろしいほど高くて
ジェットコースターみたいに
毎日気持ちの上下がはげしくて
自分でも自分のことがよくわからなかった。
あの香りは
そういう波を
激しさを沈めるのに
作用したんだとおもう。
たまたま耳に入った誰かの言葉で
気持ちがほぐれるのと同じように。

今ではちょっと消毒っぽいようにも感じるし
そもそも香りなどないのではというほど
無臭に思える日もあって
もう自分には必要ないのかもしれないと思いつつ
今日も1本手に取り火をともすと
白い煙がしゅるしゅる天井に向かって伸びていく。

それをみていると、あの日わたしのつむじから
出ていった「しゅるしゅる」のことを
まだぼんやり思い出せる。
思い出すために使ってるのかもしれない。


<おしらせ>
新しいマガジン「感情と生活」(仮)をつくりました。これから平日(できれば毎日)日記ともエッセイともいえない散文を投稿していこうと思います。


いつもの「エッセイまんが」も続けていきますので、よろしければひきつづきお付き合いください。

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