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日本語ラップにおけるリアルをリリックから考える。part1

どーも初めまして。拙者は武太である。

 このnoteを作ってからはや半年以上が経つのだがほぼ放置していた。このまま自然消滅でもいいなと思っていたが拙者で始めたことをやらないと筋が通っていない、リアルではないと思い直し、拙者を奮い立たせている状態である。

では、何を今回は取り上げていくのかだが、今の拙者のモチベーションとなっている「リアル」についてである。

「はいはいリアルですね、わかります。」と言っている方はすぐに拙者と話をしてもらいたい。多分そなたは日本語ラップ界のメシアであり、キリストになり得る存在に違いないだろう。

というのは冗談であるが、拙者が言いたいのは日本語ラップ及び日本のHIPHOPにおいて、リアルという言葉はがよく使われているものの、実際は誰も100%理解して使っていないということだ。

もちろん、おおよそのニュアンスは理解しているだろうし、言いたいこともわかる人は多いだろう。しかしそれをどのように歌詞及びリリックに落とし込んだのですか?と言われても答えに詰まる人が多いと考える。

そのため今回はリアルの正解、または「それはリアルだ」といった基準は何なのかを歌詞、リリックから考えていく。

1 CYBER RUI  [DESIRE]



「噓だろそなた!ラップ聞きたてですか?」「お主、、にわかかね?」などと思われたかもしれない(にわかかよは別に思われてもいいけど)。

まあにしても一曲目にそれ選ぶかねとは思われるのは間違いない。なぜならこの曲今書いてる時点ではあるが、半年も経っていない(2021年11月8日)。

ではなぜこの歌を紹介するかというと

ファンだからである

それに尽きるのだ。。。。。これだと批判されてもしょうがない気する。

いや!ラップスタア誕生のサイファーのCグループ


☝のを聞いて以来虜になってしまい(もちろん他のラッパーもやばかった。I SEE)、ほかの曲はないのか!?と思っていた矢先にEPを出されていたので聞きまくりである。ぜひYouTubeだけでなくサブスクリプションでも聞いてほしい。

では肝心のこの歌のリアルはどこにあるのかだが、次の画像を見てもらいたい。

画像1

いやいや英語ばっかじゃん!

とほとんど人がそうツッコミをかますだろう。

拙者も歌詞を見返すと確かに多いなと思ってしまった笑(そなたは味方であれ)。

だが、日本人が歌っているので日本語ラップというジャンルである。また英語が多いこと=「リアルではない」なんてことはない。

ではどこがリアルなのだろうか。

私の財布から呼ぶジーニー

まずDESIREの曲のMVであるが皆が一番印象に残る部分があると思う。それはこのMVは青が基調とされている点である。またラップスターのサイファーでも青の髪と青の服(あの上の奴はなんて種類の服なの?スポブラ?)であり、とにかく青・青・青!という感じであるのだ。

そんなCYBER RUI氏だからこそ、この表現が際立つのである。説明はいらないと思うがジーニーはディズニー映画のアラジンに出てくる魔法のランプに住む魔人であり、体の色は青色である。これだけでも自分のイメージカラーをリリックに投影しているし、「lit」「jit」と「ジーニー」で韻も踏んでいる秀逸でありリアルなリリックである。

しかしそれだけではない。この表現のすごいところはイメージカラーの「青」を強調するだけでなく、この歌の内容を名詞一つで表している点ある。

この曲はいわば「ブランディング」及び「ボースティング」である(CYBER RUI氏自身はサビの末でfelexinとあるのでフレックスもある?)。もう少し正確に言うと「ブランディング」「ボースティング」をしつつ、もっとトップへと成り上がろう、夢を叶えようと意気込む所信表明のような歌である。

拙者が強調したい点はhookの部分である。サビの部分で「I want my life lit*¹」「I want my life jit*²」「なりたい自分とRaising」とある。「I want 」や「なりたい」という表現をここで用いているということは、CYBER RUI氏はまだlitなmy life、jitなmy lifeを送れずにいて、なりたい自分にまだなれていないということがわかる。

*¹ jit スラング 若者を指す 
*² lit  スラング ①やばい ②酔っ払い 今回は文脈的に①だと考える。

このような表現になった理由として考えれるのは現在のCYBER RUI氏の現状にあるだろう。CYBER RUI氏はラップスタア誕生のサイファーで最近になって一躍有名になった人物である。スターダムの道を駆け上がる段階であるCYBER RUI氏にとって、まだまだ「私はスターだ!」というボースティングやフレックスを断定で表現することは難しいだろう(まあもうあとは時間の問題だと思うが)。

そのことをCYBER RUI氏も理解しているからこそ、願望系の表現を使っているのだ。

だがこの部分こそがリアルでありジーニーという名詞が光る。

ここでジーニーのアラジンでの役割を考えてみて欲しい。ジーニーは貧しいアラジンに対して願い事を何でも三つ叶えるという役割である。そしてアラジンは映画ではそのランプを使って王子様となり王女ジャスミンと結婚する話である。このことから、litなmy life、jitなmy lifeといった夢を求めている立場にいるCYBER RUI氏にとってジーニーは夢を叶える存在であり、大きな意味を持つのだ。

だがこのままだとCYBER RUI氏がジーニーに頼り切りのような存在に見えてしまう。そこで意味を持ちだすのが「私の財布から呼ぶ」なのである。つまり私の財布というのは自分がラップでこれから得るはずの大金を指しており、その得たお金でジーニーを呼び夢を叶えると言っているのだ。つまり自らのラップのうまさでスターダムへとのし上がっていくと宣言しているのだ。

このことから、「私の財布から呼ぶジーニー」は自分の立場を崩さず韻も踏みながら、イメージカラーを踏襲して、ボースティングをしながら夢を叶えたいという意図をもった非常に秀逸かつリアルな歌詞なのである。

この歌詞から考えるHIPHOPのリアルとは

日本のHIPHOP、少なくとも日本語ラップ批評において恐らく一大転換期となった歌があると考えている。それはMACCHO氏、NORIKIYO氏 、般若氏 、 DABO氏の「Beat&Rhyme」のMACHO氏のバースの「どの口が何言うかが肝心」というパンチラインである。

このMACHO氏のバースは全日本語ラップリスナーの聞き方を変えたと言ってもいい。なぜなら当時MSCから始まるリアル信仰が全国各地に広まっているかつ、アンダーグラウンド色が全開であった時代に、当時の重要人物が集まり、その楽曲の中でリアルという抽象的な言葉を限りなく完璧な形で言語化したことに成功したからである。

その「リリックの中身は自分の分身 どの口が何言うかが肝心」という視点で見れば今回のCYBER RUI氏のバースは一種の最適解である。このことから、 拙者が今回の話で一番伝えたいことは

アングラな日本語ラップ≠リアルなリリック

ということである。現代の日本語ラップリスナーのほとんどはアンダーグラウンドのラッパーがリアルだと妄信的に信じている。確かにそのラッパーたちの生き方は凡人には理解しがたいものであり、ラップにするだけで生々しい現実を鮮明に与えるだろう。

しかしそれのみがリアルではないし、それのみをリアルにするのはかなり排他的である。手厳しい言い方をすれば物珍しいからリアルですというわけではない。

ではリアルとは何を指すのだろうか。少なくとも拙者はこう考える。

リアルとはリスナーが持つそのラッパーへのイメージや印象、hoodなどが、リリックの内容、使われている言葉が正確または違和感がない、整合性がとれていることを指す。

この評価基準を持つ理由としては至ってシンプルで、これ以外に正確にリアルか否かを測る基準がないためである。

例えば「生き様」をリアルの指標にすると、リアルという抽象的な言葉と「生き様」という抽象的な言葉がかぶさってしまう。つまり、ラッパーの立ち振る舞いなどを指標にすると正確にリアルかどうかわからなくなってしまうのだ。

まあどちらにせよラッパーは生き様を見せるのではなくリリックを書く人なので、この評価基準が一番正確である。

まとめ

今回は日本語ラップにはびこるリアル問題をCYBER RUI氏のリリックから考え、最終的に「Beats&Rhyme」のMACHO氏のバースからリアルの定義を考えてきた。しかし拙者はMACHO氏のあのバースはリアルという言葉を100%は伝えきれていないと考えている。%で言ったら80%くらいだと考える。「リアルという抽象的な言葉を限りなく完璧な形で言語化したことに成功した」と言ったがそれでも80%なのだ。その理由はHIPHOP及び日本語ラップは商売であるという点と、この文化にはリスナーというものが存在する点の二つである。この二つの存在がリアルという言葉に多面性を持たせるのだ。次回はリアルの多面性も見つつ日本語ラップのリアルな歌詞を見ていきたい。


ご意見、要望、修正案、これは違うだろ!自分はこう思います!などご意見いただければ幸いです。しかし私も人間です。きつく言われすぎると傷付きます。お互いリスペクトをもって話しましょう。


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