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朝マックとエモ

ちょうど2週間前の土曜日、わたしは久しぶりに朝帰りをしていた。理由はなんてことない、バンドのレコーディングをしていたからだ。むしろ、朝帰りをしなければならないときは、いつもバンド関連の理由がある。

前日、金曜日の23時過ぎにスタジオへ集合。みんなで準備をして、まずはわたしからレコーディングスタート。
※ベース(わたし)とギターのみのパート別録音だった。

深夜2時過ぎに録音を終え、ギターに選手交代。わたしはというと、残りの時間はスタジオのロビーで仕事をすることに。しかし深夜ということもあり、集中力は散漫、なんだか胃も痛いし…久々の”オール”を噛みしめる。

早朝5時過ぎ、ギター録音が終わったとの報告を受ける。みんなで片付けをして、解散。まだ空が薄暗く、煌々と明かりがともる駅のホームにて、電車を待つ。とても寒かった。

6時過ぎ、自宅近くの駅に到着。体が重く、決死の思いで家に向かう。そんな中、急激な空腹に襲われた。そして、こう思った。


「朝マックが、食べたい……」


一度食べたい、と思ったら最後。『朝マック』という言葉が頭から離れない。仕方なく、楽器・機材などの荷物を一度家に運び込むと、財布を抱えて近所のマクドナルドへ行くことにした。


どうしてこんなにも、朝マックが食べたくなったのか…。実は、常々”食べたい”と思っていたメニューがあった。それは、甘いメイプルシロップが入ったパンケーキ生地と、しっかりめに味付けしたソーセージ、そこにまろやかな卵とチーズがサンドされた、朝マック限定メニューだ。

わたしがこのメニューを初めて食べたのは、短大を卒業した翌朝のこと。前日、卒業式を終えたわたしはサークルの仲間たちと朝までお酒を飲み、その後、一緒にバンドを組んでおり、またプライベートでも大変仲の良かった友人と、始発まで時間をつぶすためにマクドナルドに行った。その際、食べたのがこの「甘いけど、なんか美味しい、朝マックのメニュー」だった。早朝で人通りがなく、肌寒い街中を歩いてたどりついたマクドナルド。店内はあたたかく、我々はそこでまったりとした時間を過ごした。
(ちなみに、わたしはこの友人と朝までしっぽり過ごしたかったのに、なぜかほとんど交遊のなかったOBの先輩もついてきたので、実際のところあれはよく分からない時間だった…)

それ以来、『朝マック』には若干特別な気持ちがある。あまり利用する機会がないからこそ、『朝マック』ってなんだかいい。そして久々に朝帰りをしたわたしは、それを急激に食べたくなったのだ。


話は戻って、マクドナルドへ向かうわたし。道すがら、クーポンをチェックする。店内に入ると、クーポン番号を告げてスムーズな注文。お持ち帰りですね、少々お待ちください。60代くらいの女性店員さんが、喉をガラガラ言わせつつ、とても丁寧な接客をしてくださる。早朝から、本当にご苦労様だ。カフェオレに、お砂糖はいりますか?と店員さん。いいえ、いりません。わたしは笑顔で答える。

朝マックのセット一式が入ったビニール袋を手渡される際、「行ってらっしゃい」と店員さんに言われる。少し照れながらも、ペコリと頭を下げる。行ってらっしゃい、か。わたしは、今から家に帰るだけなのだけど、確かに、それも立派な”勤め”かもしれないな…。
――お分かりのように、わたしはあまりの疲労に非常にエモーショナルなメンタルになっていた。

空がどんどん白んでいく。空が「朝になる」というスイッチが入ってからのスピードは早い。通りはとても静かで、雲がボチボチ流れていて、空が綺麗だった……。
――引き続き、「これが、” 朝 ”か……」と胸にはちきれんばかりの感動を覚えながら、朝マックを引っ提げて家に向かう。


家に着いた。本当に長い日だった。この温かい朝マックを食べて、そして、お風呂に入って、ゆっくり寝よう。わたしは大きな期待を胸に、ホカホカとした『青春の朝マック』の紙包みを広げ、まずは一口―――。

………?
なんか、こう、甘くないな。こんな…もんだったけ?と思いながらもう一口。…やっぱり甘くない。急激にテンションが落ちそうな自分を必死で元気づけながら、この『朝マック』が甘くない理由を考える。

あの女性店員さんが間違えた?…たしかに早朝のお勤めだから、まだ体が起きていなくて、メニューを間違えてしまったのかもしれない。しかし、あんなに丁寧にしっかりと仕事をする店員さんが、そんな凡ミスをするだろうか?

じゃあ、わたしが間違えたのか…?恐る恐る、携帯で『朝マック』と調べてみる。そして、朝マックには『エッグマックマフィン』と『マックグリドル』があり、この『マックグリドル』がメイプルの入った甘いパン生地のメニューであることを知る。

そう、わたしが意気揚々とクーポン番号を唱え上げたのは、甘くないマフィン生地を採用した『エッグマックマフィン』だったのである。
そうかそうか、じゃあ店員さんはなにも間違っていない。単純にわたしのミスじゃないか。仕方ないさ、それなら、仕方ない……。

ふんわりとして、やさしくまろやかな味のエッグマックマフィンを、わたしは無言で食べ続ける。そして最後に、少しぬるくなったカフェオレを一気に飲み干した。


「これじゃない…………」


これまでのエモーショルな気持ちは打ち砕かれ、わたしの『マックグリドル』に対する渇望だけが残った。

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