マイクロキメリズム あなたの身体に潜む“他者”の細胞

妊娠中に胎盤を通して,母親と胎児の間で互いに細胞が行き来する──これだけだったら,さほど驚くにはあたらない。胎盤を通じてさまざまな物質が行き来していることは周知の事実だ。だが,このときに行き来した細胞が,その後もずっと定着しているとなると話は別だ

実の母子といえども免疫系から見れば“他者”。母親や我が子からの細胞は本人の免疫系によってすぐに排除されてしまうはずだ。ところが,実際には成人した男性から母親の細胞が見つかったり,出産後,数十年たった女性から息子の細胞が見つかったりしている。母親由来の細胞が本人の細胞とともに心臓の一部となっていた例もある。

こうした他者の細胞は,本人の健康にとって良い面もあれば悪い面もあるようだ。いわゆる自己免疫疾患とされてきた疾患のなかには,体内に潜む他者の細胞が本人の免疫系を刺激して生じてしまうものがあるらしい。

母親由来の免疫細胞が胎児の身体に入って,胎児に深刻なダメージを与えてしまうこともある。だが,悪いことだけでもない。ダメージを受けた臓器や組織を修復するために母親由来の細胞が集まってきている例もある。

 他者の細胞が体内に潜んでいる現象を「マイクロキメリズム」と呼んでいる。なぜ,本人の免疫系によって排除されないのか? 自己免疫疾患の一因となっているのならば,それまで共存できていたのに,なぜ突然,和平が破綻したのか? 

本人の細胞よりも明らかに高齢化しているはずの母親由来の細胞は発がんリスクが高いのか? マイクロキメリズムは発見されたばかりなのでまだ謎だらけだが,さまざまな医学分野に影響を与えそうだ。

著者

J. Lee Nelson

フレッドハッチンソンがん研究センターのメンバーでワシントン大学医学部教授(どちらもシアトルにある)。1986年にハッチンソンセンターに入った時から自己免疫疾患の発症と回復におけるマイクロキメリズムの役割を研究している。臓器移植,がん,生殖とマイクロキメリズムの関係も調べている。スタンフォーフォード大学で学士号を,カリフォルニア大学デービス校で医学の学位を取得しワシントン大学でリウマチ学を学んだ。