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 夜の仕事に就く女ばかりが住む古いアパートで暮らしている。自分が働く店のママも同じアパートに住んでいて、その日はママと時間を合わせて出勤することになっていた。しかし自室の階下に住む女とママが話しこんでしまってなかなかアパートから出られない。戸口での立ち話しを延々、大嫌いな先輩ホステスと一緒に待たねばならず苛立っている。ママと話している女の格好は頭だけ日本髪に結って服は寝巻きのよう。

 その階を見渡すと扉が開きっぱなしの部屋が多い。仮眠している女がいる部屋、住人は不在だが室内の窓の景色まで見える部屋などがある。窓からうかがえる空は夕焼けに藍色が混ざりはじめ、もう夜にさしかかっている。外だけが美しい。どうでもいいからさっさとアパートを出たい。

 ママと女はときに喧嘩腰で互いにまくしたてているので話の内容が気になった。億劫だが二人は一体何をしているのか先輩に聞いてみると、クワガタを取り引きしているという。ママの背中で死角になっている女の手もとをのぞきこむ。虫かごを持っているのが見えた。夜の女たちのあいだでクワガタを育てることが流行っているらしい。手に掴んだクワガタを眺めまわし、引き続き話しこむ二人。顔は無表情だが夢中だ。どうでもいいから早くアパートを出たい。


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