脳の怒りに体を支配されて自分を抑えられなかった際、あるものを作って解決した話

今日の話は多くの人に理解できないと思う。自分を見つめる人のみが理解できる話であり、霊感など「第六感、感性」がないと理解できないと考えている。

特に「脳の自分と丹田の自分は別物であり、自分という肉体の中に様々な『私・僕・俺・己』がいる」という事実を認識していないと、

「何、わけのわからんことを書いているんだ、こいつは」と思うはず。

多くの人にとってわけのわからない話を始めよう。

昨日、知り合いから「人手不足」を理由に「新人が来るまでのつなぎ」として、ある簡単なアルバイトを頼まれた。お世話になっているから引き受けようと自分は思ったのだが、脳みそがとても納得いかない。

「お前、アルバイトは時間を食うだけだから二度とやらないって宣言したじゃないか」

僕はアルバイトを数件しかやっていない。アルバイトをやると、どういうわけかその職場がとても忙しくなり、僕が離れようと思った時期ですら気軽に離れられない。くわえて規定時間を超える日が多く、とにかく時間を食われる。

僕の中で一番重要なのが時間だ。お金は二番目以降である。
だからアルバイトはしないと決意した。その自分を裏切る。

僕が僕に対してとことん罵倒をする。おかげでわけもわからないのにいらだち、脳みその中では「いい感じで自殺する・みんなを不幸な目に合わせて死ぬ」シナリオすら勝手に生まれ、とことん「敗北者・みじめな僕・みんなも地獄を味わえ」これでもか、あれでもかと、脳内で勝手に再生が始まった。

抑えたくても、次から次へと再生が始まる。
炎上といえばいいのかな、これ。

僕のここ最近の経験則として、

自分の脳みそに逆らって動いたほうが、結果としてうまくいき、従っている限り、緩やかな衰退の道へ向かう。従うのは唯一、丹田のみ

この考えはこちらにて触れている。

あとはもうひとつ、こちら。

自分の脳みそに逆らう行為の一つとして、
お世話になっている知人の頼みを引き受けようと考えた。

言い換えると過去の自分の宣伝を裏切る行為であり、
過去の僕からあれこれ罵倒されても仕方のないことである。

表で見ると、ダブルスタンダードをある人がやらかし、
「お前、あの時はこういうたやないか」批判される。

他人からの指摘も答えるかもしれないが、
過去の自分、脳みその自分からの指摘がはるかにこたえる。

夜になっても全く寝られず、なたとしても1時間ほどで起きて、
体がかっかして、わめきたくなり、自分を罵倒したくなり、
いらだちを抑えきれず、僕が取った行動は「紙に書く」だ。

※画像は適当

「なぜ知人からの頼みを断れないのか」や「なぜアルバイトをまたするのか」をはじめ「あの時の自分を裏切るのか、馬鹿野郎」

そして「お前(脳みそが自分自身に生じた、何かしらの記憶)なんて苦しんで死ねばいい、地獄に落ちろ」など、
これでもかと自分の脳みそから生じる怒りを書いていく。

丹田にある僕の心はただ静かであり、脳みそが暴走して体を乗っ取り、人を殺し自分を殺し、最悪な結末しか用意させないという「なんでそんな妄想が浮かぶんだよ」と突っ込みたくなる衝動を抑えきれない。暴力などをふるいたくなる何かも脳内で再生された。もちろんそれは必死にこぶしを握り締めて抑えた。

脳みそによる勝手な記憶再生から生じる暴走を止めるのって、本当に大変だ。

1時間も紙にいろいろ書いても全く脳みその怒りを抑えられず、冬へ近づきストーブもたいていないのに、全裸でも「熱い、熱すぎる」感じた。

すると「自分が今、そしてこれから何をやりたいのか」問いかけた。
ここ最近、自分の行動にマンネリを抱いて、ある種の限界を感じていないか。

これまで心の内側にあった「克服したい自分、かなえたい自分」をぱぱっとかなえられるようになり、十分に「成功」を肌で味わったのではないか。心が思う理想の自分へ近づいているのではないか

すると、今の自分の立ち位置を見直した。

僕はクリエイター、ビジネスマン、アフィリエイター、ライター、イラストレーター、家事手伝い、そしてコンサルタントもやっている。

自分の悩みとして「クリエイターとビジネスマンの設定、クリエイターとライターとアフィリエイターの接点、自分が書いている物語やイラストと全く関係ないビジネスにおける接点は何だろう。どうすれば作品を紹介しながら、いろんな商品やサービスを紹介し、次の自分へつなげられるのか」

すべてが「バラバラ」であり、一本の線でつながる「次の道」を欲していた。バラバラだと、自分のやっていることが弱いので、利益も上がらない。

利益を上げ、次なる自分へ挑むは、これまでやったことに対して一度、整理して統合する必要がある。整理まではいいのだが、統合ができなかった。

モデルとして「ディズニーランドのようなもの」を作りたい。だけど具体的に何をすればいいかがわからなかった。

ふと、自分は思った。

「そういえばここ最近、自分の周りでいろいろなものが更新しているよなあ」

例えば先月、8年以上使っていたパソコンが突然壊れた。そして2018verのパソコンへ買い替えた。
9月はトイレのドアがぶっ壊れた、
ある商品のアフィリエイトを計測したところ、すごい数字をたたき出した
時折自分の心にある「恥ずかしさ」を乗り越え、作品をパパっと出せるようになった

ほかにも自分の身の回りでいろいろなものが更新された。

ということは自分も新しい何かに向かって更新していかなければならぬ」感じた。ふと言葉が出た。

「ブランドを作ればいいんじゃないか?」

すると、さっきまでカッカとしていた自分の体が急速に冷えた。加えて作品やビジネスなどの結びつきに気づいた。

「そっか、新しいブランドとして全部繋げてしまえばいいのか」

画像元:ディズニーランドアクセスマップ

上記画像を見てほしい。アドベンチャーランドの部分が作品だとしたら、ファンタジーランドが飛行機サービス、ウエスタンランドがアマゾンや楽天にある書籍。大型デパートのような感覚だ。

何を言っているか、わけが分からないと思う。ごめんね、わからなくて。
自分でもまだはっきりしない部分があって……

ブランドという部分に気づいたとき、自分がやるべき次の道が見えた。
ブランド名はブログタイトルの「Megabe-0」とすぐに決まった。

ブランドをいかに伸ばし、いろいろなモノと組んでやっていくか。
作品を出す場合はもちろん、仕事をする際も自分のブランドを基調としてやっていけばいいのではないか?

自分が今後売るものは「作品」でも「ビジネス的な何か」でもなく
megabe-0という生活空間でいいのではないか。

循環がキーワード

画像元:風呂場のイラスト

お金を稼ぐ落ちう言葉に僕は違和感を抱いている。
最近、違和感の正体がわかった。

お金を稼いだ「あと」はどうするのか?
使って何かを得るだけであり、お金が無くなっていく。

稼ぐという行為は風呂場に水をため込んで満足するに等しい。
ため込むまではいいけれど、問題は使う時に「いやな気持、お金を使いたくない」という気持ちが生まれ、使うことにためらい、結果として貧しくなる

昨今の自分の状況を見て気づいた。

「お金を稼ぐのでない、循環だ」

循環はお金だけでなく健康にも言える。食べた後にきちんとうんちを出す。
うんちをため込んだままおいしいものを食べると、いろんなところにできものや湿疹ほかが生まれ、結果として不健康になる。

栄養物のあるものを食べて毒素という形でうんちを出すから健康になるのだ。

だからこそ、僕の中で以下の定義ができた

貧:循環がない状態。結果として緩やかな衰退と固執な生活を送る

豊:循環がある状態。新しい知や技術ほかを手に入れ、今までの知や技術ほかを捨るか他人へ循環を促し、お金と知能を新しいものへ変えて、どんどん自分を成長させていく行為

結果、僕の仕事は「循環創り」になった。
Megabe-0というブランドを主体にし、あらゆる分野で循環を生み出す。

これから自分は「せんけん」という男がやるのでなく、
「めがび」というブランドでやる行為、会社としてやる行為へと変わる。

これらの発想を書いたところ、ぐっすり眠れなかったものの、
脳内にあった怒りが収まり、むしろ満足した。

今日の出来事がなければ、こんな発想はできなかった。

特に脳が一人で怒り、体や言葉ほかを抑えられない状況は紙にとことん書いて自分に自問自答を行い、これまでの自分を振り返り、自分が今後やりたいことを明確にしていく、大きなチャンスだ。

今日の話、本当に訳が分からなくてごめんなさい。

最後におまけとしてインスタグラムのフォロワーがかいた、
僕のオリジナルキャラクターを載せます。

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ありがとう! うふふ
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せんけん

つぶやきんぐ

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