見出し画像

もう少し、大丈夫になったら、猫を飼おう


たった、1週間。

されど、1週間。

先週から色々ありすぎて、「人生は常に流転している」と感じずにはいられない。



内から外から、いろんなことが巻き起こり、私の脳内は大混戦状態。

攻めて、守って、ぶつかって、ふっとんでいる。



友達が癌になった。

代表を務めていた友人の会社が潰れた。

菅田将暉さんのお陰で本業がメッチャ忙しい。

メッセージが重なっていく度に忘れそうになる。

昨日、何食べたっけ。

すぐ、目の前に考えて決めなきゃいけない、何かが出てくる。

あれもこれも同時進行。

そんなに器用じゃない。

けど、やる。

というか、やりたい。

だから、やらせて欲しい。



noteで自分と対話する時間をなんとか作る

しかし、やっぱり考え事はまとまらない。

なので「これだけは書く!」と思っていたことを今日は書く。




前回、書いてアップした記事を取り消させてもらった。

あの記事を書いた私はクソで、存在を許してはいけないと思ったほど。

だから、あの記事は残してはいけない、自分のためにも。


改めて


「何故、自分はnoteを書いているのだろうか。」

根本的なところを掘る必要があるんじゃないかと思う。


私のキーワークは「遊び」

なので、それに値するアウトプットをするべきだと。

というか「したい」


期限に間に合わせるために、無難にまとめた文章をさらすぐらいなら、いさぎよくペナルティを受け入れる方がいい。

仕事だったら、そうは言ってられない。
しかし、これは違う。

自分らしくnoteで遊べているのか。

noteで、遊べているか。

次回でまとめる。




以前、「性」に興味があり、「性」のゲームを開発したいと叫んでいた。


叫んでいたら、「性」の対話を促す活動をしている人を偶然にも紹介してもらえることになった。


その人は教師だそうで、私と違ってまともな人そうだ。


しかも、既にゲームを開発しているという。


運命の歯車というか

人生の流転というか

縁・円・炎・宴というか


一寸先はなんとやらだ。


ちょっと前まで

「いつ死んでもいいように、後悔しないように日々を生きよう」

って、思ってたし、色んな人に言ってた。と思う。


でも、今は違う


「ちょっと先の楽しみ過ぎることが多すぎて、簡単には死ねない」


メメント・モリなんて思ってる暇がないぐらい

次から、次へと戦いが始まる。


「俺」も「あいつ」も「みんな」毎日戦っている。


だから、頑張れ。


頑張ってくれ。


死ぬな。


早く、ボードゲームやろうぜ。


一緒に、遊ぼうぜ。



カネコアヤノ『やさしい生活』
https://www.youtube.com/watch?v=rBLSqKioHXQ

「#週1note」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?