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書籍紹介『学びにくさのある子への読み書き支援』

『学びにくさのある子への読み書き支援(井上 賞子)』という本の紹介です。

著者の井上賞子先生はnoteや『実践みんなの特別支援教育』での記事を読み学ばせていただいていました。この本も買ったまま積読になりかけていたのですが、職場の先輩から教えてもらった東洋経済が選ぶ「年末年始に読みたい」、学校教育関係者にお薦めの本10選に紹介されていたのもあり、この年末に読みました。

いや、もっと早く読んでおけばよかったと後悔した1冊です。


いま目の前にいる子の「わかった!」を目指してきた実践の記録

少し長いですが、本の「はじめに」を引用します。

 通常学級の担任をしていたころ、一斉指導の中で学びにくさを示す子どもたちを見て、「あの子はいつも、なかなか始めないなあ」「さっき言ったこともすぐに忘れる」「やる気がないなあ」と、「なぜだろう?」「どうしてなのかな?」と不思議に思っていました。当時の私は、困っている子どもの存在に気づいていながら、無意識のうちに「子どもの側の問題」にしていたのです。
……
 そんな私にとって、「困難の背景を探る」という視点を得たことは、大きな転機となりました。必ず目に入る「困っている姿」には、その状況を引き起こしているものがある。そこをどう補うかを考えていくことで支援の手立てを探るという発想は、目から鱗でした。それまでは、「読めないなら読む練習をさせよう」「書けないなら書く練習をすればよい」と思っていた、熱血暴走系の自分。でも、「音と文字が一致しにくいことで読みにくい」としたら、「見ただけでは線同士の位置関係や長さの把握が難しくて書きにくい」としたら、ただ「たくさん頑張ればいい」では解決しない。苦手な方法での繰り返しは、むしろ子どもを追い詰めてしまうと知りました。
……
私たち現場の教員は、毎日子どもたちに関わるからこそ、支援の方法を試行錯誤し、反応を確かめながら微調整していくことができます。これは大きな強みであり、彼らと一緒に「これがあればできる!」を探す旅は、たまらなくわくわくします。
 そして「方法の選択肢」は、時代と共に確実に広がってきています。「あのときのあの子」にしてあげられなかったことに、「手が届く今」なのです。

はじめに より

(画像はPR TIMESより)

井上先生の困っている子どもの背景を探り、試行錯誤を繰り返しながら子どもたちの「できる」「わかった」をさがす姿勢にとても共感します。

本に紹介されている子どもたちと井上のエピソード1つひとつが、わくわくする「これがあればできる!」を探す旅なんです。

ICTもアナログも具体的なノウハウを掲載

井上先生がされてきた具体的な支援のノウハウが掲載されているのもこの本の特徴です。

(画像はPR TIMESより)

1章は読み・書き、2章は思いをつたえる・コミュニケーションについて井上先生がそれぞれの目の前の子たちに取り組まれてきた試行錯誤のエピソードが紹介されています。

方法だけではなく、井上先生からまた目の前の子どもの見立てや、支援の手立てを選んだ具体的な理由なども掲載されています。

取り組みの内容、具体的な手立ての工夫についてはタブレットのアプリなどICT機器を使用したデジタルなものから、アイスのヘラを使った50音表などアナログなものまで様々。

アプリについては名前やアイコン、詳細が紹介されていてとてもわかりやすいです。読んでいるうちにいろんな子の顔が浮かんできて、あの子にこのアプリ使ってみたらどうかな?なんて自然に考えてしまいます。

またサイトなどについてはQRコードも載っているものもあり、すぐに検索して確認できます。

子どもたちとの関わりを考えさせられるコラム

具体的な取り組みだけでなく、井上先生のコラムも印象的です。

「できる」「できない」を疑ってみよう①②
「先生がいるとできる」は「自分ではできない」
スモールステップって、こんなこと
「大丈夫です」は本当か
「◯◯だから仕方ないよね」で終わらない
困難の背景をどう探るか?①②
試して、比べて、調節して

どれもそのテーマでがっつり語りたい!と思えるほど魅力的な内容です。

 「取り組めているから」と、支援のない状態が日常化していないか? 個別の指導計画があることで、「◯◯だから仕方ないよね」と「できる」を求めないことを「この子への支援」と履き違えていないか? 「この子の力はここまでだ」と線を引いてしまう前に、「この子が『できる』ための手立てを提供してきていたのか」を振り返る必要があるのではないだろうか。

「できる」「できない」を疑ってみよう②  より

 「先生がいればできる」という状態は、裏を返せば「先生がいないとできない」ということだ。そんな状況では、自発的な取り組みや学習な生まれない。学んだことを「使える」や「応用する」に広がっていかないのだ。
 大切だったのは「苦手な方法での学び」を減らした分だけ「その子の学びやすい方法での学び」を増やしていくとだった。特性に応じた方法で学習量が保証されることで、その子がなめらかに使える力がついていくことを、たくさんの子どもたちに教えられた。

「先生がいるとできる」は「自分ではできない」 より

コラムや子どもたちとの関わり方のエピソードを通して井上先生の姿勢や考え方を知ることで、単なるHOWTOではなく、自分の目の前にいる子たちへの関わり方を具体的に考えることができるのかなぁと思います。

丁寧な子どもたちとの関わりに共感

登場する子どもたちへの井上先生の丁寧な関わりには尊敬の念があふれてきます。ちょっとおこがましいですが、自分自身の関わりを重ねる場面がいくつかありました。

漢字を書くことを拒否していたGさん。

ヒントカードを使っての選択式漢字テストを導入し、「わからなかったら確認して大丈夫だよ」と伝えると安心して取り組むことができたエピソードからは、かけ算の百ます計算を拒否していたけれど、九九表を見ながらでいいよと伝えると取り組みはじめ、知らぬ間に覚えていったあの子を思い出します。

教室で話せなかったJさん。

彼女がたまたま用意していたジグソーパズルにハマり、その日からネットオークションで、500〜1000ピースの安いパズルを探すのが井上先生の日課になったエピソード。

「俺漢字なんて全然できへんねん」と言っていた子も浮かんできます。「けテぶれ学習法」を参考に、好きなアニメのキャラクターに関する漢字テストをはじめると、自宅にキャラクターの紹介カードを持ち帰り、どんどんテストに合格し、そのキャラクターカードを持って帰っていきました。その日からその子の好きなアニメとキャラクターを調べ、その紹介カードと漢字テストを作る日々が始まりました笑。いつしかその子漢字の苦手意識は消え、「家族とのドライブ中に看板などの漢字を読むようになったそうだよ」と担任さんから聞いたのは忘れられない思い出です。

発語が限られていたLくん。

身近な人の名前やLくんが伝えたいこと、よく使う言葉などの「Lくんことばカード」が増えていき、お母さんから「スーパーでお気に入りのキャラクター付きのソーセージをにぎって、『かっ・てー!』と大きな声を出して、びっくりしました」と話を聞くエピソード。

同じく発語の苦手な子に、「助けて」や休み時間の過ごし方のカードを作ったり、50音表を用意したりする中で、お母さんから自宅で用意してくださっていた50音表を使って「メガネ(先生)やすみ」と僕のお休みを教えてくれたこと連絡帳で知って笑ったあの瞬間を思い出しました。

表出のとても少なかったNさん。

アプリ「SimpleMind+」を使って思いを可視化していくことで、「もうない」と1つ2つで止まっていたNさんが、5年生になってから頑張っていることの項目を21個もあげることができたエピソード。

「ふつう」「わからない」を繰り返していたあの子と授業での振り返りノートのやり取りを重ねる中で少しずつ言葉が増えていき、発表会の感想文で「めっちゃ楽しかったです」と書いていたのを見た喜びの瞬間が浮かんできました。


 読み返しながら、一人ひとりの顔が浮かび、声が聞こえます。あなたたちに私は何ができたのだろう。今もそんな思いばかりがめぐります。多くの子どもたちは、もう青年でありや立派な大人です。手が届かなくなった彼らを思いながら願うのは、ただただ「幸せでいてほしい」それだけです。
 「今ら目の前のいる子の『わかった!』を目指す旅」に終わりはありません。毎年ら愛おしい子どもたちに出会い、未開の地図を手にして、旅は続いています。「無駄に元気」だけを頼りに進んできたつもりでいましたが、実は、成長していく子どもたちにエネルギーをもらっての日々だったんだと、読み返しながら噛み締めています。

終わりに より

子どもたちからエネルギーをもらいながらこそ、『わかった!』を目指す旅が続けられるのでしょうね。僕も浮かんできた子たちにたくさん支えられてきたのです。

井上先生と子どもたちとの関わりに共感する、そして自分もこんな関わりができるんじゃないかなと勇気づけられる、そんなエピソードがたくさん溢れた本なんです。

まとめ

ここには、二十年以上前の通常学級担任だったころに出会った子どもたちも出てくれば、つい最近まで担任していた子の話も出てきます。みなさんの目の前にいるお子さんと似たケースもあるかもしれませんし、「うちの子はここが違う」ということも当然たくさんあると思います。そして、旅の途中で宝物を見つけたら、ぜひ教えてくださいね。私も頑張って探します! みんなで見つけた宝物が、たくさんの子どもたちの「いま」に届きますように。

終わりに より

この本は子どもたちと一緒に『わかった!』を探していく旅が綴られた本です。

具体的なノウハウも詳細に記載されていて、とても参考になります。

でも、それだけでなく井上先生が目の前の子どもに対して、つまずきの原因を仮定して手立てを探し、悩み、試し、調整ながら、子どもたちが「この方法なら自分でできる!」を見つけ、「自分で学ぶ」体験を重ねていくエピソードそれ自体がとっても魅力的な本でもあります。

この本の支援も参考にしながら、これからも目の前の子たちに試行錯誤を積み重ねていこうと改めて思いました。僕自身も「いま目の前にいる子の『わかった!』を目指す旅」の仲間になれたらいいなぁなんて。

井上賞子先生はnoteでも自作教材やアプリについての情報を発信されていますので、そちらもぜひのぞいてみてください。

東洋経済での記事もぜひ。



表紙の画像はAmazon.co.jpより引用した本の表紙です。